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2010年7月

2010年7月 7日 (水)

梅棹忠夫氏 警世の理念  (2010年7月3日ご逝去)

語り継ぎたい梅棹忠夫氏 警世の理念

(2010年7月3日ご逝去)

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(財)大阪21世紀協会 理事長 堀井良殷

梅棹忠夫氏の存在そのものが巨大な知の森でした。そこから流れ出でる源流水が社会を潤し恩恵をもたらしてきたと改めて強く思います。

学問的業績はいわずもがな、関西や大阪を中心に社会の知的リーダーとして大きな役割を果たして来られました。戦後、多くの都市の文化政策や都市経営の基本的な精神的機軸は梅棹理論をもとに展開されたといっても過言ではありません。

1982年の大阪21世紀協会設立にあたっても中心的メンバーとなり、常任理事・企画委員会座長として一貫して“文化立都”の旗のもと指導推進にあたられました。

“文化がないと都市らしい都市にはならない。文化があればこそ、めしが食えるのだ。もともと大阪は大文化都市であり、西日本の首都であった。その自覚を取り戻すべきだ。すべてがカネに収斂するような価値観だけでは尊敬される都市にはなれない。世界から尊敬され、世界で舞いを舞えるような人材が育つ都市になってほしい。”

梅棹先生から折に触れて伺った鮮烈な言葉が、よみがえってきます。

つい最近お会いしたときも、わざわざ呼び止められ、大阪の文化事情を憂いつつ、理念と志の継続・継承を求めておられました。

大阪が知の森の繁茂する文化都市に少しでも近づけるのか、これからもきっと天上から私たちを叱咤激励しつつ見守って下さっているに違いありません。

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