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2007年8月 1日 (水)

法善寺のお福さん

エッセイスト 武部好伸

 大阪の街中でぼくが一番ホッとする場所、そこがミナミの法善寺横丁です。2度にわたる火災で壊滅的な被害をこうむりましたが、それを見事に克服し、完全復興を遂げたいま、観光スポットとして内外から多くの人が訪れています。

Photo_154  その法善寺横丁にかつて主がいました。「お福さん」という愛称で親しまれていた、古びた大柄のおたやん(お多福人形のことを大阪ではこう呼びます)。明治16年(1883年)に開業した初代のぜんざい屋「めをとぜんざい」の飾り窓に鎮座していたもので、空襲がはげしさを増した戦時中の一時期、郊外へ“疎開”していましたが、昭和38年まで法善寺の住人でした。

 大阪の文人、オダサクこと織田作之助が「大阪のユーモアの象徴でもあろう」(昭和15年のエッセイ『大阪発見』より)と記していますように、そのおたやんは大阪人にすごく愛されており、まさに大阪ブランドでした。ぼく自身、小学校3年生のころ、父親に法善寺横丁へ連れて行ってもらったとき、「お福さん」を見たことをはっきり覚えています。

 彼女はいま、故郷の法善寺からはるか離れた、北アルプスの峰々が遠望できる富山県下新川郡朝日町の百河豚(いっぷく)美術館で安穏に老後を送っています。数年前、ぼくはそこで37年ぶりに「お福さん」と再会を果たしました。ふくよかな笑顔は健在で、はじめて見たときよりずっと若返っているように思えました。なんでも室町時代の作で、骨董的に随分と価値があるとか。

Photo_155  大阪は路地裏の文化です。その象徴ともいえる場所が法善寺横丁だとぼくは思っています。だから横丁自体が大阪ブランドと言ってもいいでしょう。今日、水掛不動さん(西向不動明王)がシンボルになっていますが、法善寺を訪れるたびに、「『お福さん』も一緒やったらええのになぁ」とぼくはいつも思ってしまいます。カムバック、お福さ~ん! いつの日か法善寺でお眼にかかりましょう。

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