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2007年11月 7日 (水)

梅田北ヤードは50年、100年先の大阪を見据えた街づくり

 関西経済連合会の下妻博会長(70、住友金属工業会長)は、6日、関西プレスクラブの11月定例会で、「私と関西」について講演した。

20071106北区のホテルグランヴィアにて

 「歴史的にも文化的にもなんと奥が深いことか、関西は。競技をする若者たちにとっては、夢の聖地である花園があり、甲子園がある。住人がもっと誇りをもってみんなで盛り上げようという気概がほしい。大阪には地に足の着いた愛着の持てる文化がある。中央から収奪されてきた歴史があるから、儲かっていても決して本音はいわない。ぼちぼちでんな、と。関西気質は多少M型の人が多いのかもしれません(笑)」と住友金属工業での一営業マンから経営サイドとして手腕を振るうまで、ご自身の思い出をふりかえりながら、「2001年に街開きする梅田・北ヤードの再開発、は先行開発地区を除く残りの17haは、50年、100年先の大阪のあるべき姿を見据えて絵をかいてゆかねばなりません。NYのセントラルパークのような緑地にできないかなど構想中です。アジア太平洋研究所はキタにロシアも含む外国人研究者が頻繁に交流できるセンターがあると認知していただけるようと、こちらも絵を描いてゆきたい」。

 元気がないといわれ続けている関西に「私は、常々、関西はうまくいってるなあ、といい続けてきた。関西文化学研都市や彩都、神戸・医療産業都市などの集積をみても、この調子でうまく発展してゆきたい」とビジョンを述べたうえで「社長業は命をかけてという気概がなくてはつとまらない。リーダーたるものは、雄としての輝きが必要だ」と企業戦士として勤め上げてきた気骨が講演のトーンを貫いていました。

広報CP・高橋英子

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