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2008年3月13日 (木)

大阪の原風景のひとつ、渡船

エッセイスト 武部好伸

Photo  潮の匂いを久しぶりに嗅ぎ、ちょっぴり心が華やぎました。大阪湾に面していない川岸にいるのに、思いのほか海の世界に浸れたからでしょうか。ぬめりとした鉛色の川面を駆け抜ける早春の風がなんとも心地良い。寒かった冬がようやく終わったんやなぁ。そう思わせる、非常にまったりとした風情のなか、渡船が人を運んでいきます。

「足元に気をつけてください」

「はい、ありがとう」

 船を操る大阪市の職員と利用者とのあいだで交わされるさり気ない会話に、いや応なく日常を感じさせられます。当たり前のように人は船に乗り、対岸に着くや、当たり前のように去っていきます。航行時間は一分そこそこ。365日、そんな変わらぬ光景が続きます。渡船は市民の足。だから無料です。

 大阪市西部の安治川、尻無川、木津川などに現在、8か所の渡船場があります。戦前の昭和10年ごろ、利用者数がピークを迎えたらしいですが、いまでも平日の朝夕は通勤、通学の人たちで混み合うそうです。工場の煙突や倉庫をバックに、川岸を行ったり来たりする渡船はほんとうに絵になります。

Photo_2  なんでもかんでもスピードアップが図られている昨今、大都会のなかでこんな悠長な交通機関がしっかり活躍しているなんてちょっと信じられません。ぼくはそこにたまらなく郷愁も覚えます。なんだか大阪の原風景を垣間見るような気がして、ホッとするんです。渡船は、ある意味、大阪のブランドなのかもしれません。

 自転車を押して乗船し、川面からの視線でキョロキョロ周りの風景を眺めていたら、ガツンと衝撃を受けました。見ると、小柄なおばあちゃんが手に提げている買い物袋がぼくの自転車に当たったようです。眼と眼が合った途端、おばあちゃんの口から柔らかい大阪弁が……。

「ごめんやす」

 胸がポッと熱くなりました。

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