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2016年4月 6日 (水)

【リポート】南大阪・上町台地フォーラム

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平成27年度 南大阪・上町台地フォーラム
【第3回】大阪狭山市・狭山池/2016年3月29日


関西・大阪21世紀協会が、関西・大阪の文化力向上と都市の活性化に資するため開催している事業の1つで、大阪城・上町台地エリアの歴史的資産とその魅力を探り、広く発信する「南大阪・上町台地フォーラム」


平成27年度を締めくくる第3回は3月29日(火)に行われ、昨年3月に歴史的重要性から国の史跡に指定された狭山池と、大阪府立狭山池博物館を訪ねました。総勢26名が2班に分かれ、ボランティアガイドさんの解説を聞きながら見学をしました。


不勉強ゆえ今回初めて知ったのですが、狭山池は今を1400年遡る7世紀初めに誕生した【日本最古のダム式のため池】で、『古事記』『日本書紀』にもその名が記されているそうです。それまで人々が灌漑に苦労していた河内国西部の丘陵地帯に、朝鮮半島や中国から伝わった土木技術が恵みをもたらしました。


館内の展示を見ながら解説を聞くと、狭山池の誕生から平成の大改修まで、改修の様子が目に浮かぶような感覚になります。それは正に、日本の土木技術の歴史そのもの。
狭山池の誕生以降、最初の大規模改修は8世紀前半、僧行基が行ないました。律令国家の中で農地を守っていくことが大切だと考えた行基は、民衆の声に熱心に耳を傾け、改修を指揮したそうです。


以降、天平宝字の改修、重源による鎌倉時代の改修、そして豊臣秀頼の家臣・片桐且元による慶長の改修を経て、つごう10回も行われたという江戸時代の改修では、鎖国の影響で大型の船が不要になったことから、堺にあった船を解体した材木が使われたというエピソードもあるそうです。


そして、明治から昭和にかけては、近隣地域の米の生産量を増やすため、国や行政の補助により改修が行われました。さらに、昭和57(1982)年の豪雨被害以降、治水機能も備えた近代的ダムへと進展を遂げた狭山池は、今なお府民の命を守り、憩いを与えるオアシスとなっています。


歴史の教科書にも登場するほど有名な先人たちが、各時代の技術の粋を凝らし、当時の民の暮らし、後世の人々の暮らしを慮って改修を繰り返してきたことに、感謝の念を抱かずにはいられませんでした。好天の下、1,300本の満開の桜に見送られ、見学会は無事終了しました。


■平成28年度は、「真田幸村ゆかりの地」や「河内湖と上町台地(仮称)」について研究する予定です。皆さま奮ってご参加ください。


【川嶋みほ子】

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石棺①



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石棺②



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ガイドさん①



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ガイドさん②



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掲示

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