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2020年12月

2020年12月14日 (月)

【ご報告】『古代首都なにわと八十島祭』シンポジウム

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改元記念シンポジウム
『古代首都なにわと八十島祭』
~古きを知り・大阪の明日を想う~
11月30日開催/松下IMPホール

八十島祭(やそしままつり)とは、平安時代から鎌倉時代に行なわれた天皇の即位儀礼のひとつで、即位後の最初の大嘗祭の翌年、難波津(なにわづ/古代の大阪湾)に浮かぶ島々の御霊を新天皇の衣に付け、国家の繁栄・安寧を祈ったといわれています。

当協会では、令和への改元を機にその伝統を掘り起こし、大阪の文化・歴史資産の奥深さを再認識するためのシンポジウムを開催しました。COVID-19の再拡大を受けて無観客で開催し、当日の模様は事前申込者にWEB配信するとともに後日ダイジェスト版を配信することとしました。

 

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能「生國魂」八十島祭の場面

開会にあたり、﨑元利樹理事長は「当シンポジウムを、なにわ大阪のアイデンティティを見つめ直し、関西のこれからをともに考える機会にしたい」と挨拶しました。

【第1部】では、國學院大學名誉教授の岡田莊司氏と、国文学研究資料館長のロバート キャンベル氏が基調講演を行いました。
まず岡田氏が、八十島祭について、古い文献の記述も引用して以下のように解説。

古くは、大和や山城など都の川はすべて大阪湾に流れ込み、難波津は罪禍が山々の麓から河川を経て流れていく禊祓(みそぎ・はらい)の場所であった。
八十島祭の次第は大別して3つある。内裏を出発する儀式では、卜部である宮主(みやじ)が奉った御麻(おおぬさ)を天皇が撫でて息を吹きかけ、女官が天皇の御衣(おんぞ)の入った筥(はこ)を受け取り、宮主らとともに船で難波津に向かう。難波津に着くと、宮主は西に向かって御麻を捧げて祓いの作法をし、女官は筥を開けて御衣を振動させて島々の神々の霊を御衣にいただく。そして、祭物・神饌を海へ投げ入れる。内裏へ帰還し、女官が御衣を天皇に返上する。
大嘗祭が東方にある伊勢神宮に向かって、天照大神に五穀豊穣や国土の平安を祈る祭であったのに対し、その翌年に行なわれた八十島祭は、西の海に向かって島々の神霊を天皇の身体にいただくことにより、国土の発展、平安を祈願する「海の大嘗祭」だった。(以上)

続いて、テレビや様々なメディアでもお馴染みのキャンベル氏が、江戸・明治時代の文学や芸術の研究家、国文学研究資料館の館長の立場で「前近代日本の価値を情報発信する方法」をテーマに講演をしました。
同館では、日本の歴史記録や古典籍をアーカイブして情報発信しており、地域の観光資源、産業資源、生活に根付いた歴史的な事柄を掘り起こして地域創生に役立てたいとのこと。縁あって2025年大阪・関西万博の基本計画のシニアアドバイザーを務めているので、「大阪の文化的な潜在力や、大阪人のスピリットをいかに世界へ向けて発信するかを考え、さらにそこから日本人の新たな勇気や豊かさにつなげていきたい」と語りました。

 

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「八十島祭絵詞」の4K映像をバックにパネルディスカッション

パネルディスカッションでは、キャンベル氏、大阪大学招聘教授の高島幸次氏、作家で大阪芸術大学教授の玉岡かおる氏、そしてシンポジウムの総合司会を務めるNHK放送研修センターエグゼクティブアナウンサーの渡邊あゆみ氏も加わって、意見を交わしました。

冒頭、高島氏は、イギリスの文化人類学者が打ち出した「感染呪術」という概念を紹介。ある人が身に着けたものには、その人が離れていっても何かが宿るという考え方は昔から西洋にもあり、八十島祭の基本にもその考え方あるのではないかと述べました。

玉岡氏は、多くの船が出入りする難波津で行なった八十島祭は、そこから全国に情報が広がる広報の意味もあったのではないかと指摘。さらに、称徳天皇は遣唐使を派遣するとき、恐らく天竺のことまで認識していただろうし、日本人は浄土思想を持ち、お釈迦様の掌の向こうにも無限に西まで海があり、土地があり、見知らぬ人々が住んでいると感じていただろうと話しました。

キャンベル氏は、オリンピック予定地の夢洲・舞洲を視察したとき、古代の難波津の景色を連想し、風が吹き通っていろんなものが浄化されるような感覚を持ったといいます。また、江戸時代以降の絵画や工芸品には、水運の安全を祈って、太鼓橋と帆掛け船、松原の3要素で住吉大社を描いたものが多くあることを挙げ、万博で「海の大嘗祭」として「八十島祭」を紹介するのもいい案だと述べました。

渡邊氏は、伊勢神宮と京都、奈良、大阪は距離が近く、また、関西では海と山のある方角が明確なので、難波から西に向かって瀬戸内が海の道として世界に繋がるということを把握しやすいことも、八十島祭が行なわれたひとつの要因ではないかと指摘しました。

最後に高島氏は「大阪人はインスタントラーメンや回転ずしなど新しい大阪発にこだわりがちだが、平城京や平安京より古い都が置かれたのが大阪であり、そこで八十島祭が行なわれていたことを認識して、大阪のアイデンティティを見直すこと大切だ。それがこのシンポジウムを機会に広がっていったら嬉しい」と締めくくりました。

 


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【第2部】の最初は、令和奉祝芸能の披露です。
生國魂神社の皆さんが「八十島太鼓」の和太鼓演奏と、元宮内省楽長の安倍季巖氏作曲、宮内庁式部職楽部・楽長の安倍季昌氏作舞による神楽舞「生國魂の舞」を披露。続いて大阪天満宮の皆さんが、宮内庁楽部の芝祐靖氏作曲・作舞による神楽舞「紅わらべ」を雅やかに舞いました。

そして最後のプログラムは、ここまでとは打って変わって、先端技術を活用した歴史と文化の紹介です。
まず、大阪城に保存されている全3巻・総長54mの「八十島祭絵詞」が、凸版印刷の映像技術による4K動画で紹介されました。超高画質の動画により、八十島祭の行列や儀式の様子がありありと伝わってきました。

 

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メガネ型デバイスの説明

次に、メガネ型デバイスに字幕解説を表示するシステムを使って、大日本印刷が能「生國魂」の映像を上映しました。AR(拡張現実)技術により個々のメガネに字幕が表示されるので、従来のように舞台の上や横に目をそらすことなく、鑑賞に集中できるという仕掛け。現在は実証実験を経て、宝生能楽堂では実運用が始まっているそうです。

大阪の悠久の歴史を紐解くと同時に、大阪の歴史・文化資産を先端技術でよみがえらせて未来につなぎ、大阪のこれからを考える有意義なシンポジウムは、西から吹くすきとおった海風のごとく、清らかな余韻を残して幕を閉じました。

※このシンポジウムは、令和2年度日本博イノベーション型プロジェクト助成(文化庁/独立行政法人日本芸術文化復興会)を受けて実施しました。

【川嶋みほ子】

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