映画・テレビ

2008年8月12日 (火)

暑気払いにショート映画はいかがですか~

エッセイスト 武部好伸

 昨今、ハリウッド映画を中心にCG映像を多用したアクション大作が目立ってきています。上映時間が3時間を超える作品もザラです。でも、喜劇王チャップリンの初期の短編コメディーに象徴されるように、映画の原点は短編にあるとぼくは思っています。限られた時間のなかで物語を収斂させ、ポイントを突いた映像でテーマをきちんと伝える。そこに映画の要素がすべて詰まっていると思えるからです。しかし残念ながら、短編映画を観る機会がひじょうに少ない。

Photo  19日~24日、大阪・梅田HEP FIVE8階のHEP HALLで開かれる「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア2008 特別上映 in 大阪」は、短編映画の醍醐味を知り得るビッグイベントです。アメリカのアカデミー賞公認の映画祭で、今年が10回目。大阪では7回目を迎えます。

 世界中から集まった3000本のなかから選りすぐった約70本が上映されます。映写時間は1分~25分。アジアの優秀作、ブラジルの作品、韓国のミュージック・クリップ、アカデミー賞短編実写部門の受賞作とノミネート作、地球温暖化に警鐘を鳴らす作品など多岐にわたっています。ほとんどが無名のクリエーターの作品で、この映画祭が彼らの登竜門になっているといわれています。サンプルのDVDを拝見しましたら、山椒のようにピリリと効いた作品ばかり。

Photo_2  第2次大戦中のドイツでユダヤ人の子と心を交わす息子のあどけない姿を描いた『Toyland/おもちゃの国』(独、13分52秒)の心理描写の素晴らしさ。ハリウッドのスター、レオナルド・デッカプリオがプロデュースし、ナレーションも務めている「ストップ!温暖化部門プログラム」のドキュメンタリー映画『グローバルウォーミング』(米、4分43秒)のメッセージ性の強さ。どれも短編ならではのキレの良さがあります。

 大阪の夏の風物詩として、この映画祭が定着するよう願って止みません。この機会にぜひ“映画のなかのもうひとつの映画”を堪能してください!

 問い合わせ:大阪ショートショート実行委員会(℡06-6131-0155)。公式サイト:http://osaka.eigasai.com/

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2008年5月 2日 (金)

映画館文化へのエール

エッセイスト 武部好伸

 DVDやパソコンによって映画を家庭で観るのが当たり前になってきたけれど、映画はやはり映画館で観るべきものだとぼくは思っています。自称、映画館主義者です。Vシネマ以外、監督をはじめスタッフはみな、大きなスクリーンに自分たちの汗と涙の結晶が映し出されることを想定して作っているからです。だからこそ、映画の上映館にぼくは愛おしさを感じます。

 今日、その上映館のほとんどがシネコンですが、(基本的に)座席指定などなく、いつでも入退出できる劇場がぼくにとっては永遠の映画館なのです。そこには、垢抜けた若いスタッフばかりで、やけにオシャレなシネコンとはちがって、ひじょうに庶民的な空気が漂っています。映画って芸術的な側面がたしかにありますが、大衆娯楽の要素が強く、映画館にはそれが濃厚に宿っています。そしてなによりも映画が光輝を放っていた黄金時代を支えてきたのです。ぼくはそこに文化を感じます。映画館文化です。

Photo  そのもっとも映画館らしい映画館ともいえる千日前国際劇場が、3月末、62年の歴史に幕を降ろしました。大阪には、新世界や天六(天神橋筋6丁目)などにまだ従来の映画館が存続していますが、日本の映画興行発祥の地ミナミから映画館が消えてしまい、ほんとうに残念でなりません。この映画館は、ある意味、大阪の映画館文化のブランドだと思っていたからです。

 時代の流れとはいえ、シネコンばかりになってしまうと、どうも味気ない。1館で多数の作品を上映しているのはありがたいですが、没個性的というか、基本的にどこもよく似た雰囲気。そこが面白くないです。その点、千日前国際劇場にしろ、松竹座にしろ、OS劇場にしろ、かつて映画館は劇場ごとに独特な味を出していたと思います。

 古臭いとか、懐古趣味とかと言われようが、ぼくのように映画館を愛する人たちがまだまだ多くいます。ひょっとすると、シネコンだらけのなか、映画館がかえって注目されることもありうるかも。どう転ぶかわからないのが、世の常ですから。

Photo_2  千日前国際劇場の最終日、「さよなら上映」の石原裕次郎主演『狂った果実』(1956年)をひとりしんみりと観ながら、そんなことを考えていました。

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2008年4月 1日 (火)

「ちりとてちん」バンザイ! 林家竹丸

080401_0050  NHK連続テレビ小説「ちりとてちん」が3月29日、最終回を迎えました。ヒロインが落語家修業を積む設定は朝ドラ史上初めて。しかも舞台が大阪です。私の師匠・林家染丸が落語監修として深く関わっただけに、私も気合いを入れて見てました。市販のドラマガイド(写真)を購入し、全151回のうち、見逃したのは録画に失敗した10回だけです。

 視聴率はけっして高くなかったようですが、藤本有紀さんの脚本が素晴らしいとの評判は、新聞のコラムなど、あちこちで見聞きしました。藤本さんは染丸宅や楽屋にいらして、落語界のことを実に細かく取材されたそうです。楽屋のしきたり、弟子入り志願に来る連中の人間模様、師匠と弟子、きょうだい弟子の関係、稽古の方法、新弟子の失敗……などなど。 実際のエピソードがドラマにぎょうさん盛り込まれていました。入門したてのヒロイン徒然亭若狭がしでかす失敗の数々は、ひょっとしてオレの話?と思うことがしばしば。自分の修業時代を思い出し、とてもこと笑えませんでしたヮ (^^;)  どれが竹丸のしくじりかはナイショです。

 ドラマでは「伝統」「修業」が大きなテーマになっていました。ヒロインの実家の家業である若狭塗り箸の世界も、落語と同じく、師匠から弟子へと受け継がれていくものがあるんですね。漆を何重にも塗り重ねてから研ぎ出し、美しい模様を作っていくそうです。

 私が一番心にしみたセリフは、少女時代のヒロインに、米倉斉加年さん扮する塗り箸職人の祖父が語りかけた言葉です。「人間も箸とおんなじや。研いで出てくるもんは、塗り重ねたもんだけや。一生懸命生きてさえおったらぁ、悩んだことも、落ち込んだことも、きれぇな模様になって出てくる。おまえのなりたいもんになれる」。 

 制作したNHK大阪放送局(通称BK、大阪ではビーケーで通じますね)のドラマ班も、監督さんはもちろん、美術、照明、カメラなど、それぞれの持ち場で職人技が活きています。見事なチームワークのもと、伝統のBKドラマに、またひとつ傑作が加わりました。「ちりとてちん」、バンザイ!

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2008年1月 8日 (火)

名優・三國連太郎さんの〈オーラ〉

エッセイスト 武部好伸

 2008年を迎えました。わけのわからん、けったいな事件や出来事が相次いだ昨年より、少しは明るい年になってほしいと切に願っています。

Photo_14  初夢はとくに見ませんでしたが、お正月にぼんやりと家で過ごしていたら、昨年暮れにインタビューした俳優、三國連太郎さんの姿がふと頭に浮かんできました。旧制第7高等学校(鹿児島大学の前身)の青春を、反戦の願いをこめて描いた映画『北辰斜にさすところ』(神山征二郎監督、1月5日からテアトル梅田で公開)で主演を務め、そのキャンペーンで来阪されたのですが、とても84歳とは思えないほど、若々しく感じられました。それはきっと生涯現役をめざしておられるからでしょう。

 撮影時のエピソードや、映画の内容にからんで戦前から戦後の激動期におけるご自身の体験談をユーモアまじりで話されたあと、雑談になり、三國さんの口からこんな言葉が発せられました。

 「俳優という仕事は、社会に迎合した時点でおしまいなんです」

 ホーッ……。なかなか意味深なお言葉。常に反骨精神と何事にも媚びない勇気が必要なだという意味にぼくは理解しました。先の読めない時代にあって、それを実践するのはなかなか容易ではありません。さり気ないひと言だっただけに、すごく印象に残り、この役者さんはやっぱり只者ではないと実感しました。

Photo_15  三國さんといえば、今では『釣りバカ日誌』シリーズ(1988年~)の釣り好きの社長スーさん役で知られていますが、ぼくには、『飢餓海峡』(65年)や『神々の深き欲望』(68年)などで見せた、ひと癖もふた癖もある濃厚なキャラクターをまず思い浮かべます。どこをとっても社会に迎合した演技ではありませんでした。それでは、『釣りバカ日誌』はどうなんですか? ご本人いわく、「軽い喜劇であっても、そこに深いテーマが見えるので、出演しているんです」。

 この人の演技はいまでも進化しています。『北辰斜にさすところ』で演じた寡黙な老人からにじみ出る反戦の気概はすごい! 文句なく、日本映画界の名優だと言える三國連太郎さんは、ブランドそのもの。そこにいるだけで強烈な存在感を与えます。なにしろ、人を呑み込むような〈オーラ〉を身体中から発散しておられるのですから。こんなカッコいいお年寄りになりたいなぁ~。それがぼくの将来の目標です。

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2007年12月11日 (火)

ブランド力をもつ黒澤映画!~リメイクされた『椿三十郎』を観て

エッセイスト 武部好伸

 「久しぶりの日本映画。すごく面白かった!」

 「時代劇ははじめてやったけど、なかなかクール!」

 現在、公開されている織田裕二主演の時代劇映画『椿三十郎』を観た若者たちは、おおむね満足した様子でした。

01  江戸時代、とある藩のお家騒動をちょっぴりコミカルに描いた物語。エネルギッシュな殺陣、不気味な雰囲気を漂わせる豊川悦司ふんする切れ者、意気がるわりには稚拙な行動をとる9人の若侍たち、おっとりした能天気な母娘……など、映画のなかにはいろんな楽しさがいっぱい詰まっていますが、なによりも痛快無比なのはストーリーそのものです。

 それもそのはず、巨匠・黒澤明監督が1962年に撮った同名作品をリメイクしたものだから。しかも脚本(菊島隆三、小国英雄、黒澤)をそっくりそのまま使ったというのだから、面白くないわけがありません。

Photo  1950~60年代の黒澤映画はどれも思いっきりパワフルで、世界に通用する作品ばかりです。そんな絶対的な評価を得ている名作をあえてリメイクするなんて、森田芳光監督はよほど自信と勇気のあるお人だと思われますが、45年ぶりにカラーでよみがえった新『椿三十郎』によって、ひとりでも多くの人に日本映画、とりわけ時代劇映画の楽しさをわかってもらえれば、映画愛好家のぼくとしてはすごくうれしいです。

 この映画が話題になっていることを思うにつけ、黒澤映画はそれ自体がしっかりブランド化しているのだなぁと実感します。黒澤映画というだけで、だれもが納得し、安心して観られる。これはブランド以外の何物でもありません。ただ、安易に次から次へとリメイクするのだけはやめてほしい。ブランドの安売りになってしまうので……。リメイクは所詮、リメイク。オリジナルとは異質のもの。

 黒澤映画は永遠に不滅なり~♪

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2007年10月10日 (水)

映画祭を生かそう~!

エッセイスト 武部好伸

Img_0110 毎年、秋の足音を聞くと、映画祭のシーズンがやって来たなぁと実感します。なるほど、映画は年中観られるけれど、なぜか秋の映画は印象深く、映画祭というちょっぴり華やいだ、それでいてノスタルジックなムードを漂わせる名称が、秋のたたずまいによく合いそうな気がしています。

 世界三大映画祭のカンヌ国際映画祭(フランス)は5月、ヴェネツィア国際映画祭(イタリア)は8月下旬~9月上旬、ベルリン国際映画祭(ドイツ)は2月にそれぞれ開催されており、秋ではありませんが、日本では芸術の秋にちなんで、今年で20回を迎える東京国際映画祭(10月20日~28日)をはじめ、第10回山形国際ドキュメンタリー映画祭(10月4日~11日)、第12回神戸100年映画祭(10月25日~11月11日)など、大なり小なり各地でいろんな映画祭が催されます。

 わが大阪はというと……。第3回大阪アジアン映画祭2007(11月2日~7日、心斎橋・そごう劇場)と第14回大阪ヨーロッパ映画祭(11月23日~25日、中之島・リサイタルホール)が控えています。ハリウッド映画のような派手さはないけれど、アジアとヨーロッパの現状を浮き彫りにした作品が多く、未公開映画の上映も楽しみです。両映画祭の詳細については、これからメディアを通じて告知されると思いますが、とにかく映画ファンのみならず、1人でも多くの人が会場に駆けつけ、映画祭を盛り上げてほしいとぼくは切に願っています。

Img_0113 というのは、映画祭はブランドになりうると思えるからです。前にも述べた〈映画力〉のなかの大きな要素といえます。町(村)おこし、町の活性化、経済的効果、知名度のアップ、文化的貢献……。開催の理由はさまざまですが、トータルで見ると、まちがいなく強力なブランドになります。カンヌと言えば、「あぁ、大きな映画祭がおこなわれているところ」とだれしも思うでしょう。カンヌ=映画祭と知らぬ間に頭にインプットされており、そうなった時点でカンヌは立派なブランドなのです。

 一朝一夕で映画祭をブランド化するのは無理。当たり前のことですが、「継続は力なり」の言葉を信じ、毎年、地道に開催していくしか手はないと思います。よその真似はダメ。やはりオリジナリティーがないと! 大阪で開かれる他の映画祭もふくめ、「大阪にはひと味ちがった、おもろい映画祭がぎょうさんありまっせ」と胸を張れる日がくるのを楽しみにしています。

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2007年8月 1日 (水)

法善寺のお福さん

エッセイスト 武部好伸

 大阪の街中でぼくが一番ホッとする場所、そこがミナミの法善寺横丁です。2度にわたる火災で壊滅的な被害をこうむりましたが、それを見事に克服し、完全復興を遂げたいま、観光スポットとして内外から多くの人が訪れています。

Photo_154  その法善寺横丁にかつて主がいました。「お福さん」という愛称で親しまれていた、古びた大柄のおたやん(お多福人形のことを大阪ではこう呼びます)。明治16年(1883年)に開業した初代のぜんざい屋「めをとぜんざい」の飾り窓に鎮座していたもので、空襲がはげしさを増した戦時中の一時期、郊外へ“疎開”していましたが、昭和38年まで法善寺の住人でした。

 大阪の文人、オダサクこと織田作之助が「大阪のユーモアの象徴でもあろう」(昭和15年のエッセイ『大阪発見』より)と記していますように、そのおたやんは大阪人にすごく愛されており、まさに大阪ブランドでした。ぼく自身、小学校3年生のころ、父親に法善寺横丁へ連れて行ってもらったとき、「お福さん」を見たことをはっきり覚えています。

 彼女はいま、故郷の法善寺からはるか離れた、北アルプスの峰々が遠望できる富山県下新川郡朝日町の百河豚(いっぷく)美術館で安穏に老後を送っています。数年前、ぼくはそこで37年ぶりに「お福さん」と再会を果たしました。ふくよかな笑顔は健在で、はじめて見たときよりずっと若返っているように思えました。なんでも室町時代の作で、骨董的に随分と価値があるとか。

Photo_155  大阪は路地裏の文化です。その象徴ともいえる場所が法善寺横丁だとぼくは思っています。だから横丁自体が大阪ブランドと言ってもいいでしょう。今日、水掛不動さん(西向不動明王)がシンボルになっていますが、法善寺を訪れるたびに、「『お福さん』も一緒やったらええのになぁ」とぼくはいつも思ってしまいます。カムバック、お福さ~ん! いつの日か法善寺でお眼にかかりましょう。

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2007年7月 9日 (月)

〈映画力〉を大阪ブランドに!

エッセイスト 武部好伸

 映画都市、OSAKA--。こんなキャッチフレーズをかかげたら、みなさん、驚くかもしれませんね。「なんで、大阪と映画が関係あるねん」と。

 じつはめちゃめちゃ関係があるんです。フランスで映画(シネマトグラフ)が誕生してから2年後の明治30年(1897年)、日本で最初にお金をとって映画を市民に見せた場所が、なにを隠そう、大阪でした。その映画興行発祥地が、今日、難波の高島屋前に建つTOHOシネマズなんば(旧南街会館)のあるところです。1階のエレベーター乗り場の横に、その旨を記した碑文がはめこまれてあります。映画を観にいったとき、ぜひご覧ください。

Photo_151  さらに、活動弁士(映画解説者)の第1号が大阪人で、映画文献(『自動写真術』という映画の解説書)も大阪の地からはじめて刊行されました。大正中期から昭和初期にかけて、「東洋のハリウッド」と呼ばれた日本最大規模の帝国キネマ長瀬撮影所が建造されたりして、大阪も映画製作の拠点でした。そしていまから7年前には、ロケの誘致などを図るフィルム・コミッション(大阪ロケーション・サービス協議会という組織)が全国に先駆け、大阪で産声を上げました。

 このように大阪は映画とひじょうに深くかかわってきたのです。もし、〈動く写真〉をはじめて観た大阪人が「こんなもん、おもろないわ」と首を横に振っていたら、日本の映画史はちがった方向へ進んでいったかもしれません。

Photo_152  大阪には通天閣、大阪城、道頓堀、住吉大社といった映像的に存在感のある、全国に通用する名所が結構多くあります。ひと昔前の路地(ろぉじ)や長屋、レトロ調の商店街も少なくありません。それになんといっても、人間が絶対におもしろい! みな目立ちたがり屋だから、それこそエキストラをやりたい人はごまんといるでしょう。

 総合的に考えると、大阪ほど映画撮影の地にふさわしい都市はないと思えるのです。この〈映画力〉を大阪ブランドのひとつに採り入れれば、ほんとうに映画都市として注目されるかもしれません。

 〈映画力〉……。この魅力的なパワーが大阪には十分、宿っているとぼくは信じています。

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