大阪ブランド情報局

堂島薬師堂のお水汲み祭りに尽力

村上太胤さん

商売繁盛と招福を願う「節分お水汲み祭り」が2月3日、堂島薬師堂(大阪市北区)で催される。お水汲みでは、奈良・薬師寺の僧侶による節分法要が営まれ、1300年にわたり湧き出る薬師寺の井戸から汲んだ「お香水」と堂島薬師堂の上水をあわせ、その浄水の入った竹筒護符が参拝者らに渡される。北新地界わいでは、鬼が地元を巡り歩く「鬼追い」、全長約15メートルの竜が舞う「龍の巡行」の行事がある。
 曽根崎新地の伝統行事「節分祭」と、関西経済同友会や北新地商店会などが04年から水都大阪の活性化を願って企画した「お水汲み祭り」が一つになった。
 堂島薬師堂の由来は? 祭りの薬師寺側の総括、村上太胤執事長(62)に聞くと――
 「約1400年前、四天王寺(同市天王寺区)を創建するとき、木材を積んだ船が難破して漂着、その木材で灯台代わりにお堂を建てたという説が伝わっている。建立したのは薬師寺の2代目住職の行基菩薩との伝説もある。行基は河内国(大阪府)出身で、各地で架橋、築堤などの社会事業をした僧として知られている。」
 「薬師堂には、薬師如来、弘法大師らがまつられており、多くの人が昔から、四天王寺や高野山に参拝に行く道すがらおまいりした、との記録が残されている。戦後は地元の人たちの心のよりどころとなって来たようだ」
 薬師堂の祭りについて、村上さんは「お堂の周りの照明を明るくして、夜でもおまいりできるようにしたい。また、池の『水かけ弁天』の祭りを単独でできないものか」

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 村上さんの先祖は、大阪の廻船問屋で、先祖代々の墓は上本町(同市天王寺区)にあるという。「江戸時代に私の先祖が堂島に米を運んでいたかと思うとご縁を感じる」。橋本凝胤師(故人)に誘われて9歳で薬師寺の小僧になった。「橋本師に連れられて薬師堂の法要に来た記憶がある」。龍谷大卒。03年から薬師寺執事長。法相宗宗務長、薬師寺岐阜別院(各務原市)住職も兼ねる。 
 11月7日(09年)に薬師寺で営まれた山田法胤管主の就任を祝う晋山式では実行委員長を務めた。東塔が今年から1世紀ぶりに、10年がかりで解体修復が始まることについて「国宝なので責任が重い」。著書に『佛教のエッセンス「般若心経」』(四季社刊)など。
 陰惨な事件が頻発する世相に対して、村上さんは「精神のよりどころがなくなってしまったからだろう。社寺をもっと心のよりどころにしてほしい。神仏の余慶を授かるのが祭りなので、祭りに積極的に参加することも心の豊かさにつながる」
 (文:七尾隆太 写真:ショーン・ケンジ・マドックス)

取材日:2009年11月10日

〔参考〕堂島薬師堂お水汲み祭り
 http://www.ntt-west.co.jp/osaka/omizukumi/index.html