大阪ブランド情報局

「船場げんきの会」の代表世話人に

大西隆さん

  「テレビを見ていたら、東京のアナウンサーが大阪の船場を『ふなば』と読んだ。すぐに訂正したが、『せんば』と読めない若者がいるのはショックだった」
 こう話すのは船場に本社を置く「大西」会長、大西隆さん(76)。船場活性化のための活動にも積極的にかかわって来た。この6月には「船場げんきの会」代表世話人に選ばれた。
 船場は豊臣秀吉の大坂城築城に合わせて造成された。繊維の一大集散地として機能して来たが、流通構造の変化とともに地盤沈下が進み、昨今は空き店舗も目立つ。
 「船場げんきの会」は、船場地域で活動する23団体が緩やかに連携して活動を支えあうプラットホーム。それぞれのグループは、歴史・文化、まちづくり、ビジネス・商店街などさまざま。副代表世話人の日比哲夫さん(66)らが04年に、船場の魅力を再発見して元気にしようと、8団体で「せんばGENKIの会」として発足させた。日比さんは船場の会社に勤務、定年後も船場にオフィスを置いている。「せんばGENKIまつり」「船場フォーラム」などのイベントを開いて来たが、加盟団体が増え、発足時からの代表世話人が亡くなったこともあって衣替え。新代表には「船場の旦那で、せんば心斎橋筋協同組合理事長でもある大西さんが適任」と日比さんらが依頼した。

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 9月には8日間にわたって「第1回船場まつり」を展開した。地元4商店街は初めて共同で大売出しを実施。船場を知ってもらう「せんば検定」、「船場あっちこっちラリー」や、空き店舗、空地を利用したライブ、物産展、美術展、セミナーなど、イベント数は70件を超えた。まつりは、大西代表世話人の最初の大仕事となった。
 大西さんは戦後、父が船場で繊維問屋を開業したのに伴って、三重県伊勢市からから移り住む。父の会社に入り、64年に現金問屋に進出。30年間、社長として会社を成長させ00年から会長。96年から一昨年まで大阪商工会議所副会頭を務めた。
 大西さんは、船場再生について「大阪のど真ん中の地の利を生かして、中国はじめ海外からの観光拠点にしたい」と話す。船場センターのビルの一部を「船場アジア特区」にしてもらい、中国の各省出先機関やアジアの政府機関を誘致するとともに、アジア人向けやアジア人経営の免税店や飲食店などを集積してアジアタウンに、との構想。大阪市に提言するつもりだ。
(文:七尾隆太 写真:仲田千穂)

取材日:2009年10月30日

〔参考〕
船場げんきの会 http://www.semba-genki.net/