大阪ブランド情報局

知的障がい者の創作活動と共に

今中 博之さん

  大阪市域の南端を流れる大和川。その川沿い、平野区瓜破南の一角にある、しゃれたデザインの3階建てのビルが引き立つ。打ち放しコンクリートのこの建物は、社会福祉法人 素王会が運営する「アトリエ インカーブ」。1階には絵や彫刻などが飾られ、ギャラリーのたたずまいだが、知的障がい者らが創作活動をする仕事場だ。理事長で、イマナカデザイン一級建築士事務所代表の今中博之(ひろし)さん(46)が設計した。
 ここに通う24人の知的障がい者が絵画、彫刻など気が向くままに制作活動をしている。プロのデザイナー、版画家ら12人のスタッフが支援、といっても、教育、指導管理や作品の評価などはしない。制作環境を整え、作品を社会に送り出すのが務めという。今中さんは「天がたまたま彼らに、不必要なロジックを組み立てる能力をそなえなかっただけ。クリエイティブの能力はとても高い。指導管理しないから独創的なアートが生まれる」。
 インカーブでは彼らをアーティスト、またはクライアント(お客様)と呼んでいる。作品は国内外で高い評価を得ており、1作品に数百万円の値が付く人も。全国各地で作品展が催されているが、2011年夏にはニューヨークのジャパン・ソサエティのギャラリーで開く計画が進んでいる。去年、創立100周年を迎えた日米相互交流ための由緒ある団体。社会福祉法人が選ばれて単独展を開くのは初めてという。

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  今中さん自身、身体に障がいを持っている。軟骨がすり減っていく100万人に一人とも言われる難病で、「これまで、同じ症例の人と出合ったことはない」というほど。長距離の移動は車いすを使っている。
 大学卒業後、デザイン会社に勤めて約8年たったころ、「『オリジナル』を見失いかけて」1年間休職して海外へ。旅の途中、フランスの寒村で出合った「シュバルの理想宮」に感動する。美術の専門教育も受けたこともない郵便配達人だったシュバルが、30年余りかけて石で制作したお墓だ。「オリジナルのアートは、芸術教育を受けていない人こそ創り出せる」
 帰国して間もなく、知人の紹介で1人の知的障がい者と知り合う。絵を描くのが好き、と聞いて大阪市内の自宅隣の倉庫をアトリエに提供した。こうした障がい者が12、3人にも増えたこともあって、02年に社会福祉法人 素王会を設立、翌年インカーブ事業を開始した。インカーブは野球用語で、内角ぎりぎりのカーブ。野球好きの今中さんが「物事の核心に向かって鋭く切れ込んでいきたい」との思いを込めてつけた。
 府立美術館もない大阪の文化の現状には「恥ずかしい」と言い、「保育園、幼稚園を含めて社会福祉法人施設を集めて『福祉特区』をつくったらどうか。きっと創造的な都市になる」と提言する。2009年春、京都市中京区壬生の今中さんの実家を改修して「ギャラリー インカーブ」をオープンする。

Photo_9 自著『観点変更 なぜ、アトリエインカーブは生まれたか』(創元社)を最近、刊行した。インカーブの生い立ちにとどまらず、今中さんの人生哲学、美術論、社会福祉論が胸に迫る。読み進めるうち、付箋でいっぱいになった。

(文:七尾隆太 写真:ショーン・ケンジ・マドックス)

取材日:2009年9月7日

〔参考〕アトリエ インカーブ http://incurve.jp/