大阪ブランド情報局

若手ダンサーを育成、支援

大谷燠さん

「遊びをせんとや生まれけむ」をタイトルに、大阪市内で9月下旬開かれた「水都大阪2009」の記念シンポジウム。学者、アーティストらによる熱いやりとりが終わって余韻が残る会場に男性ダンサー十数人が現れた。ブリーフ1枚の激しい踊りに息をのむ約250人の視聴者ら――。
 このパフォーマンスを企画したのは、大谷燠(いく)さん(56)が理事長、エグゼクティブディレクターを務めるNPO法人・ダンスボックス。自由な身体表現が特徴的なコンテンポラリーダンスの公演などを通じて若手ダンサーらの育成やダンスの環境づくりをしている。「水都大阪2009」の会期中、中之島公園の「水辺の文化座」では、ダンサーが日替わりで八つのワークショップを開いたり、アーティスト、ミュージシャン約20人がダンスバザールを催したり。船上で踊る「ダンスクルーズ」などの企画も進めている。

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 大谷さんは大阪市内のど真ん中、高津生まれ。東京の大学に進んだが中退して舞踏修行を積み、「北方舞踏派」の舞踏家、プロデューサーとして活躍、人気を得る。パリの劇場ダンサーとして舞台に立ったこともある。
 大阪のホールのプロデューサーをしながら、発表の場がないという若手ダンサーらのために、96年にダンスボックスを創設する。02年には、「現代芸術を支援したい」という大阪市の依頼で、複合娯楽施設「フェスティバルゲート」(浪速区)内に小劇場「アートシアターdB」を開設。ダンスボックスをNPO法人化して、メディアアート、現代音楽などほかのNPO3団体とともに公演活動などを始めた。06年夏には、42年ぶりに盆踊り大会「ビッグ盆!」を復活させた。当初は10年計画だったが、市がフェスティバルゲートを閉鎖売却することになり、大谷さんらは、07年に5年足らずで撤退を強いられる羽目に。多額の劇場改修費が借金として残った。関係者たちとフェスティバルゲートの活動記録と展望を本にまとめる準備をしている。
 ダンスボックスは今年4月、神戸市からの熱心な誘いで、長田区の震災復興再開発ビルに拠点を移した。小劇場(120席)、スタジオで公演の運営をしながら、地域に密着したイベントなども展開している。
 苦い経験があるだけに、大阪のアートの現状には大いに不満だ。「数学や国語力ができるだけが学力ではない。大阪人に一番欠けているのは創造力ではないか。子どもたちの教育の中で、アートが持つコミュニケーション力を教える必要がある」。そして、評価の定まっていないアート、若いアーティストを育成するシステムの構築を提唱している。ダンスボックスはいずれ、大阪市内にも拠点を設けるつもりだ。
(文:七尾隆太 写真:ショーン・ケンジ・マドックス)
                     

取材日:2009年9月3日

〔参考〕
NPO DANCE BOX& Art Theater dB
http://www.db-dancebox.org/top.htm