大阪ブランド情報局

「大阪食博」の盛況をリード

重里欣孝さん

 国内最大級の食の祭典、「食博覧会・大阪」。4年ごとに開かれ、今年で7回目。4月30日から11日間の会期中、大阪・南港の会場に64万5000人が来場し、大賑わいだった。しかし、主催者側が今回ほど気を揉んだことはなかったに違いない。大阪外食産業協会長(当時)として、食博の実行委員会副会長・理事長を務めた重里欣孝・サトレストランシステムズ代表取締役兼執行役員社長(51)もその1人。
 本格的な準備にさしかかった去年秋、「100年に1度」という世界不況に見舞われた。「出展取りやめ」の企業も出かかり、重里さんらは「全国に出向いて要請して回った」。入場前売り券の売れ行きも鈍い。10枚、20枚の小口の販売にも力を入れた。
 準備も整った開幕直前、今度は新型インフルエンザの感染の世界的な広がり。開会式の前々日になって、大阪府から「府内、近隣県で一人でも感染者が確認されたら食博は中止してもらえないか」との打診があった。「感染者が出ないことを祈るだけだった」と重里さんは話す。開幕前からスタッフらと会場近くのホテルに泊り込み、「毎朝5時にはテレビをつけてニュースに見入った」。
 食博は無事終えた。出店ブース数は680店とほぼ前回並み。世界各地のコナモン料理が味わえる「コナモン5大陸フードコーナー」に長い列ができた。入場制限する展示館もあったほど。重里さんはほっとした表情で、「毎年開催したらどうか、といってくださったお客様もいらっしゃいました。」

Sha_4105_3 Sha_4083_6

 父が創業した大阪・道頓堀のすし店の2階で育つ。中学生のころは毎日、洗い場を手伝った。大学を卒業して約4年半は父の店ですしを握る。チェーンを展開中の93年に父が急逝、35歳で「サト」の代表取締役社長に就任。現在では関西を中心に「和食さと」「さとすし半」「すし半」を計210店舗展開している。社名の「サト」は「父が、祖母の名前(重里さと・故人)から付けたようだ」。早くから食の「安全」「安心」に気を配り、2000年にはお客に向けてメニューブック・ポスターなどで「安心宣言」を表明した。食博でも、子どもに対する食教育の重要性を説く「食育」をテーマの1つにすることを提案、食育ゾーンを設けて、ステージでセミナーや体験コーナーなどのイベントを催した。
 外食産業界に逆風が吹き荒れているが、「すべてのレストランが悪いわけではないのだから、不景気のせいにしてはならない」と自らに問い、次の発展に向けて新業態なども計画中だ。食博については「食博はORA会員が中心になって、自前でやっているのが特徴。長く続けることが大事。大阪・関西の食博から、次は全国の食博にステップアップを」と、大阪の食の活性化に一段の役割を期待する。

(文:七尾隆太 写真:ショーン・ケンジ・マドックス)

取材日:2009年7月3日
〔参考〕
’09食博覧会・大阪 http://www.shokuhaku.gr.jp/
サトレストランシステムズ http://www.sato-restaurant-systems.co.jp/