大阪ブランド情報局

「開かれた寺」を多彩に実践

高口恭行さん

 「大阪の真ん中を南北に伸びる上町台地は、顔に例えると『鼻筋』に当たる。ちょっと化粧すれば大阪の個性が明確になる」――古刹四天王寺にほど近い浄土宗一心寺の高口恭行長老(68)は去年、専門家らに呼びかけて「夕陽丘 木の都計画2008」を提言した。「寺は地域コミュニティーの中心的存在。地元に貢献を」との思いから、戦災で焼失した寺の復興を進めながら、まちづくりにかかわって来た。提言の要点は「寺の境内などに木を植えて、大阪の歴史文化のシンボル空間となる『巨木とアートの丘』にしよう」。
 約10年前には「茶臼山・夕陽丘プロムナード構想」をまとめた。界わいを「歴史の散歩道」として整備しようとの提言で、観光客が歩きやすいようにモデルコースを設定した地図「夕陽丘散策案内」を刷った。今年は絵はがきも作って無料で配っている。

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 一心寺は、宗派を問わず納骨された遺骨の仏像「お骨仏」で知られる。山門の両脇に立つ身の丈5メートル余りの仁王像、初めて見たら度肝を抜かれるに違いない。日ごろ見慣れた仁王さんとは大違い、現代彫刻作品に見える。屋根も鉄骨トラスにガラス張りのパビリオン風。僧侶で、建築家、そして大学教授でもあった高口長老の発想だ。
 京大で建築を学び、奈良女子大で約17年間教壇に立つ。70年大阪万博では、「お祭り広場」の調査から設計に携わった経験もある。設計を手がけた寺院はこれまで全国に10カ寺余り。寺の一人娘だった典子夫人とは京大生のとき家庭教師をした縁で結ばれた。京大助手時代に僧侶の資格を取得。72年から30年余り住職を務めた後、05年から長老に。
 師は、都市寺院の現代的役割として、「開かれた寺」「広場として寺」「歴史・文化の維持装置としての寺」の三つを挙げる。境内の東側に02年建設した「三千仏堂」には、師のこうした考えが詰まっている。1階の講堂はいす席で、教会風。朝6時から夕6時まで開放され、出入りは自由だ。いすの背もたれにはお経を分かりやすく解説した冊子が置かれている。月1回開かれるエンターテインメントと説教を組み合わせた「日曜学校」には申し込めば誰でも参加できる。地下には観客席280の一心寺シアター「倶楽」があり、演劇や伝統芸能の公演などに活用している。
 三千仏堂の活動とは別に、約10年前から地域の25カ寺が加わって「人形芝居フェスティバル」を開催、路上生活者にシャワーサービスと医療相談をする「慈泉所」の運営など、多彩な活動を実践している。
 「趣味はまちづくり」と言ってはばからない長老の次の作戦は「歴史物語の発掘」だ。「大坂冬・夏の陣」の戦跡などもある上町台地には伝説、エピソード、物語が数多く眠っているはず。史実を掘り起こして歴史物語をよみがえらせたい」
(文:七尾隆太 写真:谷川瑠美

取材日:2009年2月17日

[参考]
一心寺 http://www.isshinji.or.jp/