大阪ブランド情報局

天満天神繁昌亭の実現に奔走

土居年樹さん

 上方落語の定席「天満天神繁昌亭」(大阪市北区)がオープンしてほぼ1年半、「大入り」が続いている。開場1年間にもたらされた経済効果は116億円余り、との推計も出た。
 土居年樹・天神橋筋商店街連合会長(70)は、桂三枝・上方落語協会長とともに、開設準備委員会代表として実現に汗を流した。「繁昌亭で、天神橋筋の様相は一変した。一街あきんどの仕事としては想像もつかない大事業だった」と感慨深げだ。

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 04年1月7日、三枝師匠と初めて会った。「商店街の活性化に役立つことでけへんやろか。空き店舗で落語会をやるとか」と師匠。大阪天満宮周辺は明治のころまで、芝居小屋や寄席が何軒もあって「天満8軒」と呼ばれところ。土居さんは、天満宮の寺井種伯宮司に相談する。日ごろから「天満宮は天神橋筋商店街と運命共同体や」と言っていたからだ。話に耳を傾けていた宮司は、「土地を貸したる。ただでええ」……。
 建設費は「1人1万円」募金。土居さんらが走り回った結果、2億4千万円が寄せられた。「繁昌亭は大阪の民パワーが作った」。人気を持続させるため、近くNPO法人 上方落語支援の会を発足させ、代表に就任する。
 若いころ「演劇か物書きの道へ進もうと思っていた」。が、1955年同志社大2年の夏、父の急逝で、家業の丸玉一土居陶器店(天神橋筋3丁目)を継いだ。79年社長に就任。商店街活動にも力を入れ出し、86年天神橋筋3丁目商店街振興組合理事長、94年から日本一長い商店街・天神橋筋商店街連合会長。 
 「商店街はものを売るるだけでなく、街が持っている文化を発信しなければ活性化しない」が持論。78年、空き店舗に「てんさんカルチャーセンター」を開設して、絵の展覧会、音楽会、落語会などイベントを開催。98年には商店街の支援組織、NPO法人・天神天満町街トラストをつくって修学旅行生のあきんど体験、コミュニティ誌の発行なども仕掛ける。
 さらに、星合七夕祭、天神天満花娘など、アイデアと行動力で数えきらないほどの活性化策を打ち出し、05年には大阪でただ一人、国土交通省の「観光カリスマ百選」に認定された。
 「商店街は、日本の社会に欠かせない人と人の触れ合い、対話の場。犯罪が多いのも街が健全でないからだ。商店街を再認識する必要がある」と話す。街のプロデューサーの挑戦はまだまだ続く。
(文/七尾隆太 写真/竹内 進)

取材日:2008/1/19

[参考]
天満天神繁昌亭 http://www.hanjotei.jp/