大阪ブランド情報局

「淀工吹奏楽部」を日本一に

丸谷明夫さん

 1千人が一堂に会して吹奏楽を奏でたら、どんな響きが聴こえるだろうか。新年1月18日、その1千人の演奏が大阪城ホール(大阪市中央区)で実現する。大阪府立淀川工科高校吹奏楽部の創部50周年を記念しての演奏会だ。同窓生始め各地から吹奏楽愛好者が集う。1万人の聴衆を前に、1千人を指揮するのは「丸ちゃん」の愛称で親しまれる吹奏楽部顧問の丸谷明夫先生(63)。曲目は吹奏楽の名曲、A・リード作曲「アルメニアンダンス・パートⅠ」。

Marutani_000_1671_2 Marutani_000_1615

 「淀工吹奏楽部」は、「吹奏楽の甲子園」といわれる全日本吹奏楽コンクール(全日本吹奏楽連盟、朝日新聞社主催)の常連だ。08年10月の第56回コンクールでも高校の部で金賞を受賞した。連続出場31回、金賞22回。毎年1月、フェスティバルホール(大阪・中之島)で開いてきたグリーンコンサート(グリコン)では、2700人のホールをいつも満席にしてきた。御堂筋パレード、夏の甲子園大会の入場式でも、観衆に感動を与えて来た。
 音楽の授業もない同校の吹奏楽部が全国を代表するバンドにのし上がったのは、何より丸谷先生の情熱的な指導による。
 子どもの頃から音楽好きで、ハーモニカ、縦笛に親しみ、中学からはトロンボーンを始めた。高校ではタクトも振った。家庭の事情で音楽大への進学はあきらめて大阪工大へ。64年、淀工の実習助手になるとともに吹奏楽部顧問に就いた。当時、7人だった部員は、活躍につれて増え、約200人に膨れ上がった。部を巣立った教え子も約1600人にのぼる。
 先生に休日はほとんどない。夜遅くまで練習指導が続く。身の入らない練習をすると、生徒が震え上がるほどのカミナリを落とす。だが、部員たちからは「茶目っ気もあります」と慕われる。指導法を尋ねると、「子どもたちの主体性、自主性を引き出すだけ。ここまで育ったのは奇跡に近い」と言葉少ない。コンクールに出場する50人の代表メンバーは、部員たちがオーディションで選ぶ。
 淀工の活躍は、関西全体の吹奏楽の水準を押し上げた。丸谷先生は、関西吹奏楽連盟理事長、全日本吹奏楽連盟副理事長も務め、吹奏楽界にも尽力する。3年前からは、大阪音大特任教授として大学の教壇にも立つ。「行きたかったのに行けなかった音大で教えるとは、変な縁だなあ」
 10年ほど前、乳がんが見つかって手術した。リンパ浮腫のため、右腕が腫れ上がり、「最近は指揮棒が重い」。無論、指揮台に立つと、そんな素振りはみじんも見せない。熱血先生の指導はこれからも続く。
(文:七尾隆太 写真:竹内 進)

取材日:2008年10月31日