2009年7月 8日 (水)

愛染まつり(6/30~7/2) ~大阪の夏祭はここからはじまる~

「愛染さんじゃ、宝恵籠(ほ・え・かぁ~・ごっ)」。Kagomusume_3


公募で選ばれた愛染娘12名が、宝恵籠にゆられながら上町筋を行列。この囃子と光景をみると大阪の夏のはじまりといわれるほど、地元に愛されているお祭りなのです。

◇開催日◇

  毎年6月30日~7月2日の3日間

◇開催場所◇

愛染堂勝鬘院(しょうまんいん)

夏祭り=神社というのが一般的なのですが、こちらは珍しく“お寺”。元々は西暦593年聖徳太子が四天王寺を建立された際、病に苦しむ人のために薬草を植える施薬院として立てられました。祀られている愛染明王は主に良縁成就・夫婦和合の本尊として有名、かつ愛嬌開運にもご利益があるといわれ、女性や俳優さんが多く参詣にこられるんだそう。

◇愛染祭の由来◇
  
593年に聖徳太子が開いた日本最古の夏祭りといわれ、夏にむけて病気にならないよう 
にと願いを込めた「夏越(なご)しのお祓い」を受け継いだもの。6月30日の宵宮では総本山四天王寺の高徳僧侶が大集結し、厳粛な法要を行うとともに、7月1日が本尊である愛染明王の年に1度の縁日であることから、その2つの要素が合わさり「愛染まつり」となりました。ちなみに愛染まつりといえば連想されるのが「宝恵駕籠(ほえかご)」パレード。これは江戸時代の年号「宝永(ほうえい)」からきていてこの時代に芸妓さんが駕籠にのって愛染さんにおまいりにきていたのを再現したとわれています。

◇実際にいってみました!◇

べっぴんさんじゃ、ほえかご!Musumezenin

 「宝恵駕籠(ほえかご)」には現在、芸妓さんのかわりに公募で選ばれた愛嬌のある娘さんたちが載ってパレードをしています。今年の応募はなんと約400名。選ばれた12名がおそろいの浴衣をきて笑顔を振りまく姿はとてもキュート。 駕籠に乗って上本町から四天王寺経由でお寺にむかうのですが、参道には近所の人やカメラファンがワンサカ。ちなみに、この決まり文句の掛け声(「愛染さんじゃ、ほえかご、べっぴんさんじゃ、ほえかご!」)は「21世紀に残したい大阪の音風景」にも選ばれているほど。大阪にとっては夏の風物詩なのかもしれません。

最高のシャッターチャンス「かご上げ」Kagoage

 

  どこをとっても絵になる愛染さんでカメラ小僧たちがねらうは、最後の「かご上げ」。
パレードをおえて愛染堂に帰ってきた駕籠は多宝塔前で順々に男衆に持ち上げられグルグル、ユッサユッサ!とまわされます。もちろん中にはいっている愛染娘たちは落とされないように必死になりながら、あくまでにこやかに手をふって愛嬌をふりまいてくれます。ちなみにおっこちる人もいるんだそうですよ。

愛染さんのシンボル花・ 愛染かつら

 Katsuranoki_3

この愛染さんで私が気になっていたのが、オレンジ色の花。娘さんの髪にはオレンジ色の花がドーン!と飾られているし、お守りはこのオレンジ色の造花に結わえられて「花守り」として売られています。 聞いてみると、これは「かつらの花」。これは愛染さんのシンボルだそうで、霊木であるかつらの木にノウゼンカツラがからみつくようにして花をさかせていたことから、この2つをあわせて「愛染かつら」と呼ばれるようになったとか。  このお祭りには氏子のおばあちゃん達がこの日のために作ったかつらの造花と、娘さんの笑顔があふれていて、華やかな雰囲気。ちなみに境内には真剣におみくじをひく女子高生たちの姿も多く、夏越の祓いというよりは、年に1度の縁結びの神様との結縁を求める参詣客が多いようにかんじました。
もちろん独身の私は花守りを購入。ご利益があるかどうか。みなさんも来年ぜひ。

◇2009年度スケジュール◇            Jyoshikosei_2

6月30日
13:00  宝恵駕籠パレード出発式
        (近鉄大阪上本町駅)
13:30  出発
上本町から四天王寺経由で
約2時間のパレード

15:30  愛染堂到着 かご上げ
17:00  夏越しの祓えの大法要(30分)

7月1日  ミス愛染娘コンテスト

6月30日~7月2日共通
        愛染明王と大日大勝金剛尊の特別ご開帳
        宝恵(ほえ)かご体験コーナー(写真撮影可能)
        18:00~20:00 演芸大会 など。

◇ 交通アクセス◇

 地下鉄谷町線「四天王寺前夕陽ヶ丘」駅下車 5番出口から徒歩2分

大阪ブランドセンター  松岡京子

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2009年7月 3日 (金)

大阪の夏祭りの楽しみ方

島崎 武

大阪の祭りといえば、夏祭り

  7月は大阪の夏祭の季節である。34237807_2032953126
7月となればまずは仏寺の祭りである愛染堂の「愛染祭」に始まり,ほぼ連日のごとく市内のどこかで祭囃子が鳴り響き7/11・12には神社の夏祭の筆頭・生国魂神社の「生玉夏祭」、7/24・25には日本三大祭のひとつである大阪天満宮の「天神祭」、そして7月の終わりには住吉大社の「住吉祭」に至り、遂に大阪市内のおびただしい数の夏祭に終止符が打たれるのである。
   大阪市内は本当に夏祭の多い地域である。大阪と並ぶ江戸時代の三都、江戸(東京)・京都は春祭や秋祭が中心で夏祭はそれほど多くない。京都などはほとんど、祇園祭オンリーといった感じもある。京都などは年間で100の祭りをやっていると祭りの多さを豪語するが、大阪は市内には100ほどの神社がある。つまり小規模なものも含めると100ほどの夏祭りがあるということになる。大阪の祭りが夏に集中しているのはやはり都市の祭りであるということだろう。都市は農村に比べればはるかに過密な場所であり、ひとたび伝染病などが流行ればとたんに街全体に広がってしまう。こうした病気などから逃れる手段として盛大に祭りを行い祓い清めたのである。またこれは神道の夏越大祓とも連動した。神道では年の真中の6月の終わりと、年末の大晦日の年2回に半年ごとに人々の罪穢れを祓い清めるために大祓を行なった。

特に6月晦日の夏越大祓は夏であるので夏の伝染病予防の意味合いを強く持つものであった。これは伝染病等が流行りやすい都市の欲求に答えるものでもあり、伝統的に都市たる大阪では夏祭がいっそう盛んに行なわれると言うことができる。祭りの名称にしても坐摩祭が坐摩御祓であるとか、天神祭が天満御祓だったり、住吉祭に至っては単に「おはらい」とだけ称したぐらいで、大阪の夏祭は夏越の祓いと直結したものだった。

大阪は「祓いの聖地」Photo_11

  これに加えて大阪の場合は「祓いの聖地」としての意味合いもあるように思える。都市だから夏祭が多いというのならば、東京や京都や他の都市も夏祭を多く行なうはずであるがそうではない。これは古来より大阪が都市以前に持つ祓いの斎場としての機能を持つことに関係があるように思える。摂津一之宮でもある住吉大社は祓い清めの社であり上記の通り夏祭である住吉祭は単に「おはらい」と呼ばれることすらある。

  著名な天神祭も元は陰陽道の
大将軍神の七夕の祓いの神事であったと言う説もある。京都で疫病神を祓う祭りを行なった後にその疫病神を鎮めた神輿を大阪まで運び大阪湾にに流し祓い清めたという話もある。また伊勢の斎宮は任期が終わり京都に帰還する際には途中回り道をして大阪に立ち寄り禊を行なってから京都に帰ったともいう。すなわちこれは大阪の地が元来祓いの聖地であることを物語るものであり、このことが大阪に夏祭を集中させる遠因となっているのではないかと思える。 祭りというものは地域によって特色があるものだ。大阪の夏祭もやはり特色がある。 またそれが祭り見物のおもしろ味にもつながっていく。そこで、今回は大阪の夏祭の特色と見所について紹介をする。

岸和田だけではない「だんじり」

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  大阪の夏祭は地域を挙げての氏子祭りである場合がほとんどなので、地域からいろいろな出しものが出されるが、大阪でもっともポピュラーなのはやはり「だんじり(地車)」だろう。秋の岸和田だんじり祭の影響もあり有名になっただんじりであるが、だんじりは大阪府内全域に渡って広く分布するものである。

しかし、だんじりといってもその場所地域によって特色がある。大きくは「上だんじり」と「下だんじり」にわかれ、下だんじりは岸和田などの泉州地区分布するもので、有名なやり回しなどを行う。一方の上だんじりは泉州以外の地域に分布するもので「かたせぼう」なる担ぐための棒がついているのが特色で、この棒に肩を入れてだんじりをグルグル回転させる「マイマイ」や「ぶん回し」などを披露する。大阪市内のだんじりも「マイマイ」を行うのでやはりマイマイを行う時がひとつの見所となる。 Photo_13

  また市内のだんじりはお囃子に合わせてだんじりの屋根の上や、だんじり前に架設される舞台などで踊られる「龍踊り」も見所である。龍の昇天するさまを踊りにしたものとも言われ複雑に手首を腕を動かしつつグネグネと実に不思議な動き見せながら踊られる。アップテンポかと思えば超ローテンポになったり止まったりもする。本来の大阪のノリを垣間見せる。  

太鼓台に注目!

  大阪でこのだんじりとともに双璧をなすのが太鼓台であろう。これも大阪府内に広く分布するが、大阪市内では赤い枕のようなものを太鼓の前後にのせた「枕太鼓」と、座布団型の布団を屋根に見たてた「布団太鼓」にわかれる。大阪市内では圧倒的に枕太鼓が多い。この太鼓台はもともとは神社の神輿が出る際に神輿を先導するのが本来の目的だったようだが、今では祭りを賑やかにするために神振行事として他の出しものとともに氏子町内から出されることもあるようだ。 この太鼓台の特色はなんと言ってもひとつの大太鼓を四人ないし六人で同時に叩くことだろう。 Photo_20
この太鼓を打つとき独特の打ちかた構えかたをするのも大阪の太鼓のおもしろ味かと思える。また太鼓台を激しく横転させたり回転させたりと暴れ回るのも見せ場である。

獅子舞と傘踊り

  獅子舞もかなり特色のあるものだ。大阪の獅子舞は獅子の舞いだけでなく「傘踊り」と称するたくさんの踊り子部隊が加わり、天神祭などは数百名もの傘踊りの舞子がつくぐらいである。お囃子に合わせて小さな和傘を左右に器用に持ち替え、クルクル回しながら踊られる。また四つ竹なる小さな竹の棒がかちゃかちゃと打ち鳴らされる。これは祓えの所作であると言う説もあるが、大阪市内の獅子舞傘踊りはそもそもが伊勢大神楽から変形したものとの説もあるので、祓いにちなんだものや呪術的なものが混入していても不思議ではない。 これもやはり元は神輿の行列の構成員であったが、宵宮などは単独で巡行する。神輿のないところでは単独で巡行する。

祭りのシンボル“神輿 Photo_5

  最後に紹介するのは祭りのシンボルともいうべき「神輿」である。祭りといえば神輿というぐらいの全国的に非常にポピュラーすぎる感もあるが、この神輿の練り暴れる様はなかなか勇壮で、地域の独自性もありおもしろいものである。 全国的に神輿は「ワッショイ」という掛け声とリズムで担がれるが、大阪の天神祭などでは「ヨーイ、ヨーイ、ヨイ、ソーリャ」と声をかけながら担がれ、杭全神社の平野郷夏祭などでは「ヨイ、ヨイ、ヨイ、ヨイ、ヨイヤサー」とアップテンポに担がれる。この時に神輿は適度にユラユラと揺らされ神輿に取り付けられた鈴や飾り金具がシャンシャンと鳴り響くが、これは魂振りの所作でもある。これを激しく行うのが「暴れ神輿」となるが、たまに暴れすぎで金具を破損することもあるようだ。
また神輿は他の出し物とは違い神事でもあるので、最後は暴れ神輿の時の勇壮豪快な姿とは打って変わって厳粛に粛々とした空気に変わって神秘的な御霊移しが行われ、祭りの静と動を垣間見せる。

見所はやはり“宮入りPhoto_6

  さてざっと夏祭の見所を紹介したが、一番の見所はやはり宮入である。時間等は各所によって異なるが夕刻~夜が多い。 だんじりは後輪を担ぎ上げ回転して「マイマイ」を行い女の子達は踊り狂い、太鼓台は横転・回転しながら境内をところ狭しと練り暴れ、獅子舞傘踊りは獅子の本殿拝殿等への打ち込みなどの暴れ獅子を勇壮に奉納して、夏祭のトリをとる神輿は暴れ神輿の本領発揮とばかりに境内を練りに練りたおす。 夜祭の雰囲気がクライマックスをよりいっそうに盛り上げるのである。

〔筆者プロフィール〕
島崎 武(しまざき たけし) 
某印刷会社で働きつつNPO法人日曜大学理事として活動。大学で社会学を専攻し
まちづくり研究をしているうちに地域の文化である“祭”にはまり、独学で研究を始める。
“天神祭を楽しむ秘訣”等の論文を数々の研究系会報誌に寄稿する大阪の祭専門家。
また、祭り等の写真の撮影も行い、ときおり個展等も行なう。

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2009年7月 2日 (木)

大阪・夏祭りサーキット

Photo_6大阪の7月は、祭り月です。

“愛染さんから住吉さんまで”と言われるとおり、6月30日の愛染さんから始まって、25日の天神祭でピークを迎え、7月31日の住吉さんで終わるまでの一ヶ月間、大阪の街では毎日どこかで夏祭りが開かれています。

一般的には、祭りといえば秋、です。作物の収穫の無事を祝う収穫祭は、田畑の稲がほどよく実り、肌に心よい秋風がそよそよと吹く季節に行われます。それが大阪ではなぜ夏なのか、という話ですが・・・

大阪の祭りのルーツは、夏の季節に多い疫病をはらうための「夏越のお祓い」(なごしのおはらい)にあります。過ぎ去った半年間の罪けがれを払い、残り半年を無事すごせるようにと、各地それぞれの社に参詣するのです。
つまり、大阪の夏祭りは、農村での祭りとはまた違った、人が集まり住む都市ならではの生活スタイルを反映したものなのです。

Photo_7茅の輪くぐり、七夕飾り、枕太鼓、龍踊り、お囃子、神輿・・・大阪の夏祭りでは、さまざまなイコンが交錯しています。また金魚すくい、射的、りんご飴といった昔ながらな屋台から、チョコレートフォンデュ、龍鬚飴(ドラゴン・ビアード・キャンディ)といった新興勢力までの様々な露店が立ち並び、非日常的祝祭性を醸し出しています。
そのブリリアントな雰囲気に惹かれて、家族連れ、浴衣を着たカップルから、お祭りウオッチャーまで、多種多彩な人たちが集まってきています。

この時期、大阪では、多い日には一日10ヶ所ものお祭りが集中しています。それぞれの町々で、それぞれの人々の願いを集めた夏祭り。派手なものも、つつましやかに行われている地元の祭りもありますが、そこには大阪のまちのルーツがちりばめられています。

大阪情報最前線では、夏祭りという、大阪が誇るべき資産に触れるべく、日々行われる祭りの現場に足を運び、その雰囲気や醍醐味をレポートしていきます。

みなさんも、大阪の夏祭りをサーキットしてみませんか?

***** 大阪の夏祭り 2009 ***********

6/30~7/2  愛染堂勝鬘院 愛染まつり(天王寺区)
6/30     住吉大社 大祓式(住吉区)
7/6~7/7  機物神社 七夕祭(交野市)
7/7     大阪天満宮 星愛七夕祭(北区)
7/7     安倍晴明神社 七夕祭(阿倍野区)
7/7     瀧安寺 開山忌・大護摩法要(箕面市)
7/7          金剛山 転法輪寺 蓮華大祭(富田林市)
7/7          星田妙見宮 七夕祭(交野市)
7/7~7/8   大津神社 夏越祭(泉大津市)
7/11~12   生国魂神社 いくたま夏祭(天王寺区)
7/11~12   白鳥神社 夏祭  (羽曳野市)
7/11~12   大森神社 灯籠祭(熊取町)
7/11~14   杭全神社 夏祭(平野区)
7/11~12   鵲森宮 夏例祭(中央区)
7/12~14  難波八阪神社 夏祭(中央区)
7/13     五社神社 夏季大祭(池田市)
7/13~14   茨木神社 夏祭(茨木市)
7/14~15   御津宮 夏祭(中央区)
7/15        八坂神社 夏祭(池田市)
7/15~16   玉造稲荷神社 夏祭(中央区)
7/15~16   大江神社 夏祭(天王寺区)
7/15~16   久保神社 夏祭(天王寺区)
7/15~16   五條宮 夏祭(天王寺区)
7/16~17   御霊神社 夏例大祭(中央区)
7/17        伊居太神社 例祭(池田市)
7/17~18   高津宮 例祭(中央区)
7/17~18   東高津宮 夏祭(天王寺区)
7/17~18  瓢箪山稲荷神 夏季大祭(東大阪市)
7/17~18   露天神社 夏祭(北区)
7/17~18  海老江八坂神社 夏祭(福島区)
7/18     呉服神社 夏季例祭(池田市)
7/18     日根神社 ゆ祭(泉佐野市)
7/18~19  河堀稲生神社 夏季大祭(天王寺区)
7/18~19  堀越神社 夏季例大祭(天王寺区)
7/18~19  八王子神社 夏祭(東成区)
7/18~19  玉祖神社 本宮(八尾市)
7/18~19  感田神社 本宮(貝塚市)
7/19~20   野田恵比寿神社 夏祭(福島区)
7/19~20  春日神社 夏祭(泉佐野市)
7/19~20   塚本神社 夏祭(淀川区)
7/21        寺方の提灯踊り(守口市)
7/21~22   難波神社 氷室祭(中央区)
7/21~22  三光神社 夏祭(天王寺区)
7/21~23  坐摩神社 夏祭・大阪せともの祭(中央区)
7/24~25  大阪天満宮 天神祭(北区)
7/24~25  生根神社 だいがく夏祭(西成区)
7/24~25   佐太天神宮 夏祭(守口市)
7/24~25   道明寺天満宮 天神祭(藤井寺市)
7/25~26  渋川神社 逆祭(八尾市)
7/25~26   科長神社 夏祭(南河内郡太子町)
7/27~28  安倍晴明神社、安倍王子神社 夏大祭(阿倍野区)
7/30~8/1 住吉大社 住吉祭(住吉区)
8/1         恩智神社 恩智祭(八尾市)
8/1~8/2   一岡神社 祇園祭(泉南市)
8/3~8/4   石切劔箭神社 夏季大祭(東大阪市)

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2009年5月27日 (水)

繁昌亭、正念場に

                                  落語家 林家竹丸

090501_002 上方落語の総本山、天満天神繁昌亭に異変が起きています。

 2006年秋の開業以来、「チケットがとれない」との風評がさらに人気をあおり、大入り続きでした。ところが、ここへきて、観客動員の勢いがはっきりと落ちています。5月の連休明け、昼席(午後1時開演)で、216ある客席の半分以上が空席だった公演が数回ありました。番組によってお客さんの入りのばらつきが大きい夜席と違い、昼席は開業以来ずっと、ほとんどの公演が全席、前売りの段階で完売になっていたのに、です。

 これは一時的な現象ではありません。昼夜合わせた観客数が昨年10月以降、前年同月を割り込んでいることからも、退潮の傾向が明らかです。

 「関西では戦後初の落語の定席」とマスコミが競って報道した開業当時の熱気が冷め、NHKドラマ「ちりとてちん」による落語ブームが一段落したのが、原因と考えられます。追い打ちをかけるように、昨秋以降の不況で団体客が減ったのも大きい。新型インフルエンザの影響も心配です。

 繁昌亭神話、繁昌亭バブルが、ついに終わったのかもしれません。さあ、ここからがホンマの勝負です。本当にいい舞台にしか、お客さんが来なくなる。当たり前のことですが、商品である落語の質と、落語家の創意工夫が問われることになると思います。出演者の一人として、私もフンドシを締めなおしています。

 今年9月の開業3周年を、いい形で迎えたいものです。正念場にさしかかった繁昌亭の今後にご注目をお願いします。

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2009年3月12日 (木)

大阪で“ものづくり”の心に出会う―「千家十職×みんぱく」開催中

 ミュージアムは、“ものづくり”魂を刺激するインスピレーションの宝庫。ものづくりの匠と博物館のモノたちが出会ったら何が生まれるだろう?そんな問いかけから始まった「千家十職×みんぱく 茶の湯のものづくりと世界のわざ」が、国立民族学博物館(大阪府吹田市)で開催されています。

 千家十職とは、三千家(表千家・裏千家・武者小路千家)に出入りする指物師・表具師・茶碗師など十の職家。いずれも300~400年の歴史をもち、茶の湯に関わる道具づくりを生業とする、いわば日本の美と技の極みを担うクリエーター集団です。そんな彼らが、民博収蔵品から自らの審美眼にフィットするものを選び抜き、それを新たな創造へと変換する―日本のものづくりと世界のものづくりのコラボレーションともいえる試みです。

090311_134422 十職たちが民博の収蔵庫からそれぞれ気に入ったモノを選ぶところから始まったこのプロジェクト、実に3年がかりの企画だったといいます。「選ぶ」と一口に言っても、収蔵品の数は膨大(26万点)。それだけでも大変な作業です。初めは混沌と見えたモノの洪水から、それぞれの感性のフィルターにかかるモノがあらわれ、やがてモノとの対話が生まれる。そして新作品の創造へ。そのプロセスを想像するだけでも圧倒されます。

 美と技のプロフェッショナルが選ぶ品々は多様で、その創作もまた多彩。選ばれたモノすべてが一般的な意味で美しいとも限りません。そこには西洋的な美の基準や用の美といった言葉で捉えきれない、魂に響く美、いわば「根源美」があるのではないか、と本特別展実行委員長の八杉佳穂民博教授。

 十職たちが何を選び、その影響のもとにどんな作品を生み出したか。それを見ることはもちろん興味深いのですが、会場を一巡して感じるのは、既成概念にとらわれない自由な目でモノに向き合うことの面白さ。民博関係者にとっても発見の連続だったという今回の企画。十職たちの目と手を通したモノの世界に遊びつつ、自分の目と感性でモノとの対話を楽しむために、民博に足を運んでみてはいかがでしょうか。

大阪ブランドグループ 小村みち

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会場          国立民族学博物館
        (大阪モノレール「万博記念公園」または「公園東口」下車・徒歩15分)
会期           2009年3月12日(木)~6月2日(火)
開館時間    10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日       毎週水曜日(但し祝祭日の場合は開館、翌日休館)
観覧料       一般600円/高大生350円/小中生150円
                 ※民博・日本民芸館・日本庭園3施設共通券
         一般800円/高大生500円/小中生250円(2日間有効)
                 ※3月15日(日)、5月5日(火・祝)は無料観覧日。
                  毎週土曜日は小中生無料。
優待情報    民博&提携26ミュージアム共通の優待チラシあり(最終有効期限6月30日)
イベント   各種関連イベント開催(お茶会、セミナー等)。詳細はホームページにて。
URL     http://www.minpaku.ac.jp/special/senke/index.html

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2009年3月 9日 (月)

大阪アジアン映画祭2009へどうぞ~

エッセイスト 武部好伸

 大阪は、昔からアジアと深い関わりがあります。古くは奈良時代、中国や朝鮮など東アジアの国々との交易拠点として栄えました。そのころ難波津と呼ばれていた~と小学生のころ郷土史の授業で習ったことを覚えています。

 近代になってからもアジア諸国との貿易が主軸となり、大阪で暮らすアジア系の人たちも増えてきました。西に向かってひろがる大阪湾は、「アジアへの玄関口」にも見えます。

Untitled_5  こうした歴史を踏まえて(ちょっとたいそうかな?)、今月13日~22日、「大阪アジアン映画祭2009」が開かれます。今年で4回目。べつに開催されていた「おおさかシネマフェスティバル2009」と統合して、文字通り、大阪とアジアに焦点を絞った映画祭です。

 中国、台湾、香港だけでなく、タイ、シンガポール、インドネシア、フィリピン、マレーシアといった東南アジアの映画が上映されます。日本(あるいは関西)初公開作ばかり。大阪出身の若手女性監督、瀬田なつきさんのデビュー作『彼方からの手紙』はぜひ観たいと思っています。

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 全国を見渡しますと、ほんとうに映画祭がいっぱいありますね。アジア映画関係をネットで調べたら、福岡アジア映画祭、ぎふアジア映画祭、長岡アジア映画祭、江ノ島アジア映画祭……とぎょうさん出てきます。福岡アジア映画祭はすでに22回開催と実績があります。

競合するんとちゃうやろか~。ちょっぴり心配してしまいますが、それぞれに特色を出しているようなので、べつだん問題ないのでしょう。アジアに位置する日本は、当然ながら、アジアと切っても切れない関係にあるということです。

大阪は大阪独自の色を打ち出せばいいと思います。アジアのインディーズ映画を上映する「アジアン・ミーティング大阪2009」なんて、インディーズ映画の拠点ともいえる大阪ならではのイベントです。

「継続は力なり」……。この映画祭が大阪のブランドとして定着し、末永く続いていくことを念じています。

映画祭の詳細は、公式サイトhttp://www.oaff.jp:80/で。

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2009年2月27日 (金)

若き日の近松

 近松門左衛門  承応2年(1653年)~享保9年(1725年)

 越前福井の武士の家に生まれた近松は、父が浪人の身ととなったことで、十代の頃に一家で京都に移り住み、その後公家に仕えるようになりました。

 近松は公家仕えを通じて、広く教養を積みました。若くして伝統文化、古典に精通するようになった近松は、古浄瑠璃の名人・宇治加太夫(のちの宇治加賀掾)と知り合い、浄瑠璃の台本を書くようになりました。公家ルートで芸能界デビューを果たしたのです。

 その後30代は竹本義太夫率いる竹本座座付きの浄瑠璃作家として活躍し、40代には坂田藤十郎に歌舞伎の台本を提供し、50代以降は、住まいを大坂に移し、浄瑠璃に復帰、専念しています。生涯に100作以上の浄瑠璃を書き、「日本のシェークスピア」と評価されています。

Monflyer_4  兵庫県立ピッコロシアターは、今週末3/1(日)まで「門 若き日の近松」という作品を上演しています。

 脚本は、市川猿之助のスーパー歌舞伎の脚本などを数々手掛ける石川耕士氏、演出は劇団文学座の公演から商業演劇に至るまで幅広い作品を手掛ける西川信廣氏、そして客演には女優・歌手として活躍する麻丘めぐみ氏を迎えています。

 舞台は延宝年間(1670年代)の大坂。醤油屋・森谷の倅の吉兵衛と、その従兄である吉次郎(近松)をメインの主人公に据えたフィクションです。


 「曽根崎心中」「冥途の飛脚」「鑓の権三重帷子」「女殺油地獄」などの近松作品のコラ-ジュとして構成され、近松的世界に近づくための入口のような作品となっています。http://hyogo-arts.or.jp/piccolo/gekidan/mon/index2.htm

大阪ブランドグループ 山納 洋

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