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2009年8月13日 (木)

夏の夏祭り、締めを飾る!~住吉祭(2)~

実は長い、住吉さんの夏祭り

 住吉さんといえば、7月31日、8月1日の2日間のイメージがありますが実はもっと早い7月第3月曜日の海の日からはじまります。<神輿洗い神事>というもので8月1日に大阪住吉区の住吉さんから、4kmはなれた堺まで神輿が渡御する前に神輿を洗い清める儀式。ちなみにその日の潮を浴びると病気も治るといわれていたんだそうです。実は長い住吉さんの祭りの締めくくりに行ってきました。

まるでタイムスリップ

 住吉さんの象徴・反橋(そりはし)通称太鼓橋を神輿が渡る姿をカメラにおさめようと永遠のカメラ青年たちが30人ほど待ち構える姿が。その後に船神輿が続きます。

Staikobashi Sgyoretsuchochin

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川を渡る 神輿渡御祭

 前頁の夏越祓神事の翌日は神輿渡御祭。昔は歩いて紀州街道を堺の頓宮(御旅所)まで巡行したんだそうです。(最近神輿渡御祭が復活したんだそうですが、)この見所は大和川を渡る神輿! 神輿をかついで渡るときいていたのでもっと狭い川なのかとおもいきや・・・ 広い!川幅も広いし雨量で深さもありそうな川をはさんで大阪側の衆、そして堺の衆。ギャラリーが見守る中、「ベーラ!」と神輿が担がれ川の中にザブザブはいっていくのです! 「ベーラ、ベーラ!」と結局20分ぐらい担いだ後、橋の上で祭礼が行われると今度は堺の衆がザブザブザブ!と勢いよくはいってくる。住吉側より深く、みんな胸まで水がつかってしまっている。大丈夫なのか・・・・。

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やはりこの日雨量が多くて川渡りは中止する予定だったそうです。川の深さは橋の上から見ると明らかに大阪側のほうが浅く、堺側が深かった。

よって「川渡りは中止」になる予定だたそうです。しかし「折角だから大阪側だけ入る」と大阪側がはいったことが堺の男衆に火をつけた様子・・・。                        Ssakaikaramo 「大阪側だけはいって堺側が入らないなんて!
中止にするか入るかどちらかだ!」となって入った模様。橋の上から見学していた私にも感じられるほどの殺気に似た?(堺側の)気合がひしひしと伝わってくる様でした。

それにしても、胸がつかるほど浸水しながら気合で神輿をはこんだ堺衆、そして大阪衆のどちらにも心から拍手を贈りたい気持ちになりました。ちなみにこの行事、戦後長く中断していたそうですが平成17年から45年ぶりに復活したんだそうです。日本の方だけでなく外国の方にもみていただきたいお祭りでした。ちなみに堺の頓宮に到着した後は荒和大祓という神事が行われますが残念ながら私はみることができませんでした。来年こそは!

(ブランドコラボセンター 松岡京子)

■開催日
  第3月曜日(海の日) 神輿洗神事
  30日        宵宮祭
  31日        夏越祓神事
  8月1日      神輿渡御祭

■開催場所
  住吉大社  大阪市住吉区住吉2-9-89

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2009年8月12日 (水)

大阪夏祭り、締めを飾る!~「住吉祭り」~ (7/30-8/1)

「すみよっさん」と親しみを込めて、呼ばれる住吉大社の夏祭り。すみよっさんは、全国の神社のなかでは、なかなかえらいさんですぅ。全国には、お稲荷さん、八幡さんなど数多くの神社がおまつりされている中、住吉神社は、全国に2000社以上も祀られており、それら住吉大社の総本山に当たるのが住吉大社。神様の位としてはもっとも高い「正一位」、摂津国の一宮はんであります。

  航海の神様を祀る住吉大社の本殿は神社建築様式のひとつ住吉造で、国宝!
神功皇后が住吉大神をおまつりになって建てられ、平成23年には御鎮座1800年を迎えられるとのこと。
その昔、住吉の地は、大阪湾が今よりも内陸に広がり、そこに上町大地が南に突き出た場所。仁徳天皇の時代には、住吉津がおかれ、のちに遣隋使が出発したという良港、住吉の地は海上交通の要所であったということから航海の神様なのですね、納得。

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■夏祭りルポ
生粋のなにわっ子にとって大阪夏祭りサーキットは、6月末の愛染さんにはじまり、いくたまはん、天神祭り、そしてこのすみよっさんでしめるのが、毎年の恒例行事ですねん。すっかりおばはんになってしまった私も、夏祭りへと花火へは娘気分でまいります(笑)。血が騒ぐ、行かずにはおられない!ということで、今年も、愛染さんにはじまり、生国魂(いくたま)はん、高津はん、ちょっと京都は祇園祭の宵宵山に顔をだし、天神祭りに、このすみよっさん。2009年大阪三大夏祭り、無事、制覇いたしました。
 南海電車・住吉大社前から参道には露店が軒を並べる。金魚すくいに生きゅうり、お面、、。

Taikobashi  Chinowa
すみよっさんの太鼓橋をわたり、鳥居正面に飾られている茅の輪をくぐる。夏祭り提灯が飾り付けられた境内へ。本殿横の恋みくじで、まずは運試し。浴衣姿のギャルにまじって「いやあ、吉やわ」。

Miko 社務所の巫女さんは、独特の髪かざり(ちなみに、住吉大社の巫女さんは、神楽女と呼ばれ、頭には鏡、松、白鷺が飾りつけられている)が誇らしげ。「重たくないの?」いつもながら、一言いわずにはおれない、、。
30日の宵宮では、午後5時約2000の献灯にいっせいに灯りが入り、400軒近い夜店が店開き。本日、31日の夏越祓神事。お祓いの起源は、イザナギの神が黄泉の国で受けた罪を祓うためという。大祭メインイベントは、午後5時から始まる神事。神官を先頭に夏越女、稚児の一行が巨大な茅の輪をくぐる。中世みやびの世界が出現だ。色鮮やかな上衣、たおやかな表情の化粧、鬘。一団のあとを一般参詣者も参加して、茅の輪くぐり、厄除け恒例行事で隣で見物していたおばちゃん団ご一行さまは、この茅の輪くぐりにやってきたという。引き続き、第一本宮で祭典。住吉踊りの奉納。傘踊の一種、中世まで住吉おどりの歴史はさかのぼる、延々と地元で継承されている。「いやほォー」の掛け声、体の軸が定まらないと転倒しそうなテンポアップな踊りだ。夏越女、稚児たちのみまもるなか、歴史絵巻が目前に繰り広げられる。ほんま、夏祭りはええななぁ。神事がおわれば、平野地車ばやしの蛇踊り。威勢よく、どんどん、踊り手の世界にひきこまれてゆく。やっぱええなぁ、夏祭り。

Gyoretsu Shinji

すみよっさんの境内を抜けると、芸の上達を祈願する神社がある。そうや、ついでにお参りしとこ。うん十年まえ、今は海の時空館の館長をされている石濱紅子さんが「すみよっさんの夏祭りがきて、初めて夏を実感します」と話されていたのを、久しぶりに、思い出した。すぐそばに、石濱邸。
Occhan 夏祭りの間は、境内の石守「五大力」石ひろいは禁止。願掛けに、境内には「五」「大」「力」とかかれた小石がある。この3石を根気よく探しているおっちゃん(禁止なのに、、)が、観光客とまちがえたのか、私に「あと‘力‘探したら3つそろうでぇ」と2個の小石をくれた。自分で探さな、意味ないやん?といいかけたが、おっちゃんの親切心をありがたく頂戴する。が根気つづかず、断念。

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ちなみに、恋みくじで、幸運のかぎは「言葉」と書かれていた。これ以上しゃべって、どうする、わたし、、。
                                                                      (ブランドコラボチーム 高橋英子)

■2009年度スケジュール
7月30日宵宮
7月31日 夏越祓神事                                                                                       8月1日 神輿渡御祭(船だんじりに神輿をのせたお渡り。約7キロ。
■交通アクセス
  住吉大社(大阪市住吉区住吉2-9-89)
 南海本線「住吉大社駅」徒歩3分、阪堺電気軌道阪堺線「住吉鳥居前駅」すぐ

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2009年8月11日 (火)

科長神社 夏祭(7/25-26)

科長神社は、別名:八社大明神(江戸時代)
祭神:級長津彦命・科長戸辺命・天照大神・速素盞鳴命・天児屋根命・武亹槌命・経津主命・建御名方命・誉田別命・日本武尊

本来十柱の神様を祭祀されています。
もとは、河内から大和方面に吹く抜ける風の谷間・二上山上にあって風の神である級長津彦命を祀っていた、河内と大和を結ぶ二上山の峠あたりの集落の安全を願い毎年例祭が行われる。また、八社とは八柱の神々を祭っていることで「八社大明神」呼ばれている。八社宮と書かれた石灯籠も寄進されている。

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各地区より船方に地車を曳いて、地域の安全と繁栄を願って社内にて曳きまわしが
行われている。狭い境内の中での船方の地車の5台が次々と曳き回しを始めだすと、人の波が圧倒されて、その場所だけは、違う空間になっている。

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 若者が暑い日差しを受けて、地車の上で「だんじり囃」にあわせて踊る姿は勇ましくて凛々しさを感じました。また、境内は森林に囲まれているので、本当に神を祀る踊りに見えました。来年は、夜の(月光と篝火)の中での曳き回しを見てみたいと思いました。
参考に 科長神社は、当地は神功皇后誕生の地という伝承もあり、社宝に神功皇后雛形の兜が奉納されているのは、一説に『式内社調査報告』では、「科長→磯長→息長と転じ、息長氏の出である神功皇后の誕生地伝説が生まれたのではないかと」記されています。

                               (ブランドコラボセンター安田侑加梨)

■開催日
例祭日:毎年7月24日~30日の間の日曜日(7月の第4日曜日)

■所在地

大阪府南河内郡太子町山田3773

■アクセス

近鉄長野線 貴志駅から循環バス御陵前下車 東に800m

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2009年8月10日 (月)

火と水の祭・天神祭 本宮(7月25日)

雨をも止める、天神祭りのパワー

7月25日は朝からすごい雨。天気予報によると近畿圏全体が、雨、雨、雨
13時30分から本宮祭がはじまり、15:30から陸渡御(りくとぎょ)が始まるけれど
14時の時点で本降りの雨。。。。

しかしなぜか、天気予報に反して14;30ぐらいに小ぶりになってきたのです。
「やはり天神祭パワーはすごい!!」と関心しつつ、天満宮へ。すると参道には
既にずら~りと人だかりが!大阪だけでなく観光客とおぼしき人もたくさん。さすがは
天神祭!

大勢の観客が見守る中始まった、陸渡御(りくとぎょ)はやはり圧巻。なんと約3000人の人が参加するそうで歴史絵巻のような光景が目の前に広がります。この陸渡御は大阪天満宮から大川までの約3キロを神様に年に1度氏地の平安をみていただくために行列をくんだのがはじまり。

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催太鼓から始まり、猿田彦、神鉾、地車、獅子舞、傘踊り……などなど。そんな中、とりわけ可愛いのが名物・傘踊り。小さい女の子たちも一生懸命花傘を手にしておどります。ちなみに親子そろって参加している人も多く、地元の人がこの祭りを本当に誇りにして参加しているんだなあと感じました。

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約130万人!!

約130万人― これ、天神祭の人出です。京都の祇園祭が約30万人(一晩)といえばそのすごさがわかるでしょうか?

天神祭のクライマックス、船渡御には約100隻ほどの船が大川を行き来し、その光景とだんじりの音、そして花火を楽しみに川のほとりには沢山の方があつまります。川辺には篝火がともり、街には独特な書体の提灯が。(※ちなみにこの提灯はわざと読めないようにかかれているんだとか)川面にゆらゆらと映る火が幽玄な雰囲気をかもし出し、天神祭りは“火と水の祭”と呼ばれるのも納得。

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船渡御は御神霊をのせた御鳳輦奉安船、催太鼓船や地車囃子船など神に仕える講社の供奉船、協賛団体や市民船などの神をお迎えする奉拝船などが行きかい賑やか。
協賛団体の船も趣向をこらしていて、例えば某ラーメンブランドはトレードマークのビックなひよこちゃんが船上に登場!橋をくぐるときたびにペコン、とへこむ様は観客に大うけでした。(※橋が低いため、通過する際にひよこに空気を抜き⇒入れて、を繰り返していたようです) 
Soosakajimekawasu1  ちなみに船渡御では船と船が行きかう際に、「うーちましょ」と大阪締めをかわすのがならわし。船と船だけでなく、船と川辺の人たちとも交わすこともあるんだそうです。 単に「参加する人、みる人」という境目があるというよりは一緒にお祭りを楽しむ祭が天神祭である、と専門家はいいます。

 重要なんです、「板」

 S_10 船団がひんぱん行きかう天神橋、天満橋などの橋の上には、こんな板がたてかけられています。実はこの板、大切な意味があるんです。なんだかわかりますか?
これは「橋の上から、人が神様ののった船をみおろす失礼がないように」するためなんです。花火も人が楽しむためではなく、神様にささげる花火。そして船と船が行きかうときに行われる大阪締めも、神様をのせた御鳳輦奉安船が通過するときだけは沈黙するのがならわしだそうで、お祭りのひとつひとつが「ああ、神事なんだなあ」と感じました。

成長する祭・天神祭

Sretsu2_2  ちなみにこの船渡御、いまでは天神橋のたもとから出発し川上である桜ノ宮方面にいくのですが戦前は川下の西区(現在の千代崎)にあるお旅所にくだっていました。
お旅所のある地域では神様をお迎えするためのお迎え人形が天神祭りが近づくと競うように飾られてお祭り気分を盛り上げたそうです。戦後、工業化に伴う地盤沈下により各所にあった橋げたも沈下。船が川下にいけなくなってしまい現在のように川上にすすむようになったとか。
天神祭は時代の変化にあわせてどんどんとその形をかえてきています。どんどこ船の宮入をはじめ、80年代にはギャルみこしがはじまったり、2000年には天神祭をガイドする「御伽衆」が登場したり、と氏子たちがあの手この手で天神祭を楽しみながらもりあげているのが面白い。千年もの歴史がある由緒正しい神事であると同時に、時代と人のエネルギーを吸収しながら変貌していく天神祭は、大阪の引き継ぐべき宝だなと感じました。

(ブランドコラボセンター 松岡京子)

■ 開催日
 7月24日宵宮、25日本宮
■ アクセス
   大阪天満宮
   大阪市北区天神橋2丁目1番8号
   地下鉄谷町線・堺筋線「南森町」4番出口より徒歩3分

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2009年8月 7日 (金)

火と水の祭~大阪天満宮 天神祭宵宮(7/24)

 天神祭とは、そもそも日本全国各地の天満宮及び天神社で行われる祭のこと。なにも大阪に限ったものではない。しかし、群を抜いて有名なのは、やはり大阪の天神祭だ。生國魂神社の愛染祭、住吉大社の住吉祭と並ぶ大阪三大祭の一つであり、京都の祇園祭、東京の神田祭と並んで日本三大祭にも数えられる。とりわけ壮麗な陸渡御、船渡御の出る本宮の日は、近辺の橋という橋、通りという通りが人で埋め尽くされ、最寄り駅の改札はどこも通行不能なほどごった返す。
 これだけ代表的な祭だが、実際に天神祭に行ったことがないという大阪人は、けっこういるものだ。私もその一人で、初めてナマでこの祭を見たのは、オフィスの窓から船渡御が眺められる今の職場に入った2年前のことである。それでも、大阪人にとって、祭といえば天神祭、実物を見たことがなくても“何となく誇り”なのである。

 大阪には、春祭や秋祭にくらべて、格段に夏祭の数が多い。夏の厳しい大阪でもとりわけ暑い盛りの7月下旬に行われる天神祭は、元来、伝染病予防の祈願と深く結びついている。詳しくは島崎武氏の記事を参照いただきたいが、大阪の夏祭の多さは、疫病除けの祈願と深く結びついている。夏、ひとたび疫病が流行すれば、密集した都市は農村よりはるかに伝染の規模が大きいわけだが、同じく大都市であった京や江戸と比べても多いのは、大阪に「祓いの聖地」という意味合いがあったことに関係するようだ。そして、“水”と密接に結びついてきた大阪は、文字通り穢れを水に流すことで都市の平安を祈願してきたのだ。

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 天神祭に話を戻そう。観衆の目は華やかな渡御列や花火だけに向かいがちだが、祓い、禊ぎという祭の根本に立ち返るならば、鉾流神事こそは天神祭の真髄ともいえよう。これは賑やかな祭というより、しめやかな神事そのもの。宵宮祭の朝、鉾流橋のたもとから小舟を漕ぎ出し、穢れを神鉾に託して大川に流すこの神事は、笛の音を背景音に、不思議な静寂の中で執り行われる。今よりはるかに「水の都」であった大阪の人々の願いが古の日々からよみがえるのを見るよう。ちょっとしたタイムトリップを味わった。

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 さて、この鉾流神事をはじめ、天神祭全体を通して欠かすことのできない重要な役目を担うのが、「神童」である。西天満の町内会が組織する「神鉾講」の中から選ぶのが慣わしで、例年西天満小学校の男児がつとめている。神童に選ばれると、祭が終わるまでの期間、本人とその家族には肉食や殺生の禁止(蚊一匹やっつけてはいけない!)など厳しい制限が課せられるのだそうだ。神童は、鉾流し神事で神職とともに斎船に乗り込み、大川に鉾を流す。本宮祭(25日)の渡御列では、梅の瑞枝を持って神様のお供をする「瑞枝(みずえ)の童子」の役目を果たす。

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 鉾流神事が終わると、一行は天満宮までの道のりを行列していく。この時も神童は注目の的。マスコミ関係者からマイクを向けられ、感想を聞かれたりしている。その隣には、男の子のご両親であろうか、誇らしげに付き添っていた。
 時代絵巻さながらの行列もまた、祭の気分を盛り上げる。地元の人々が古式ゆかしい平安装束を着て暑い中をゾロゾロと歩いていく。普段はGパンにTシャツの中高生ぐらいの男の子たちも多い。境内に着くと、「あっつ~。終わったぁ~」と、とたんに素に戻るのが可愛い。遠方からも多くの観客を集める天神祭だが、こういうシーンに出遭うと、この祭がとりもなおさず地元の人々によって担われ、受け継がれていることを実感する。

地車囃子・催太鼓・どんどこ船宮入り

 天満宮境内では、終日地車囃子(だんじりばやし)が鳴り響いている。しめやかな水辺の神事とはうって変わって、ここは庶民のパワーが炸裂する祭の賑わいそのもの。鉦や太鼓の音が響きわたり、獅子舞や龍踊りが繰り広げられる。獅子舞の獅子に頭を噛んでもらうと、ご利益があるという。龍が爪を立てて天に昇る様子を模した龍踊りは、独特のフォームがどこかユーモラスだ。

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 午後4時頃からは催太鼓の氏地巡行が始まり、それに先立ってどんどこ船が宮入りする。うねるような動きで太鼓の台車やどんどこ船が曳き回される様は迫力満点、祭の高揚をいやがうえにも高める。ここには、熱気あふれる祭の磁場が渦巻いている。祭というのは本質的に、見るものではなく参加するものなのだ、と感じ入る。
 境内の外でも獅子舞や祭囃子が終日、商店街などを練り歩き、あたり一帯が天神祭一色である。

お迎え人形

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  さて、天神祭でぜひ注目してほしいのが、素晴らしきお迎え人形たち。お迎え人形は、船渡御が今とは逆に堂島川下流に向かうルートで進んでいた元禄期に始まり、下流に住む氏子らが船渡御を迎える船の舳先に飾られていた。江戸後期には50体ほどがあったが、戦災などで焼失、16体が現存している(うち14体は大阪府指定有形民俗文化財)。Somukae2
 
 お迎え人形は、能や歌舞伎の題材に基づくことが多く、羽柴秀吉、酒田公時、安倍保名、関羽など和漢の歴史や物語の登場人物が多い。当代屈指の人形師が腕によりをかけて作ることも多かったようで、それぞれの町が競い合うように豪華な人形を掲げたという。かつてこれらの人形は、それぞれの町が所有していたが、現在は大阪天満宮が保管し、祭の期間中、数体が展示されている。2メートルほどもある人形は超大型の文楽人形さながらの精密さ、いずれもその表情やポーズ、衣装など、当時の人々の祭にかける心意気を鮮やかに見せてくれる。ぜひ一見されたし。

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●マメ知識―天神祭と赤
 天神祭を彩るカラフルな色彩の中でも、とりわけ精彩を放つ赤。これは、赤に疱瘡除けの威力があると信じられていたことに由来し、元来、疫病祓いを旨とする天神祭にはよく使われているようです。そういえば、催太鼓の叩き手の被り物やお迎え人形の衣装、関羽の赤い顔など、赤が目立ちます。赤は天神祭のキー・カラー。注目してみてください。

(ブランドコラボセンター 小村みち)

スケジュール 7月24日(宵宮)
   7:45 宵宮祭(本殿)
   8:50 鉾流神事(鉾流橋)
   16:00~催太鼓・獅子舞氏地巡行・どんどこ船宮入
   終日 地車囃子
 

アクセス 地下鉄谷町線・堺筋線「南森町駅」下車→DEF階段を上り④出口を出て  天神橋商店街を右へ、二ツ辻目を左へ50m
        JR東西線「大阪天満宮駅」下車→③出口(東西線アクセスビル)を出て
  天神橋商店街を左へ、二ツ辻目を左へ50m

所在地  〒530-0041 大阪市北区天神橋2丁目1番8号
  Tel : 06-6353-0025  E-mail : info@tenjinsan.com
  URL : http://www.tenjinsan.com/

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2009年8月 6日 (木)

今夏は全国招き猫大集合~坐摩神社・陶器神社 せともの祭り(7/21-23)

大阪せともの祭といえば、江戸時代から、300年以上にわたって受け継がれてきた伝統行事だ。横堀川の舟運に恵まれ、かつてはせともの町と呼ばれた江戸堀、新町にあった約200軒の陶器店が蔵ざらえの市を開いたのがせともの祭の始まりという。21日は坐摩(いかすり)神社宵宮祭。22日が夏季大祭。‘ざま’神社とも呼ばれている。“いかすり”神社ってなかなか読めない?境内と東門の前に陶磁器の露店十数軒が軒をならべ、「3個よりどり1000円」大安売りの垂れ幕、皿や陶器で作られた金ぴか展示人形も遊びこころ満載。

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Naniwagenkibest 境内では「なにわの元気猫」(陶器2000円)がデビュー。成瀬國晴画伯デザインで、愛嬌のある表情の猫クンが発売されている。伝統ある茶碗供養には、お茶碗や湯のみを持参する参拝客が。ヒビがはいったり、破損しても捨てがたい器なのだろう。あいにくの雨で今年は、やや、出足不調。

 今年は、この陶器市が「火防陶器神社のせともの祭」として「大阪市無形民族文化財」に指定され、神社会館ではお祝いのせともの祭の歴史パネル展開催中。過去の、写真展で歴史をふりかえっている。また猫のテーマ展は、盛りだくさんの内容、マイ・キャット・フォトコンテストや、有名猫作家展。招き猫コレクターが全国から集まるという展示会になっている。やや、びっくり。そういえば、MBSのアナウンサー「すみさん猫」も境内に鎮座いたします。陶芸教室や、願掛け皿奉納などもあり、オフィス街の真ん中にある神社には、昼休み中のサラリーマンやOLさんたちも立ち寄っていた。

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  住居守護、旅行安全の神徳でしられる坐摩神社と境内にある陶器神社。夏祭りに境内で催される「大阪せともの祭」は、江戸の延宝年間に始まった「陶器祭」が起源。
 坐摩神社は、神功天皇のころ、渡辺の地(天満橋近くの石町)に奉祀されたのが始まりとされるが、秀吉の大坂城築城により渡辺の地名とともの現在地に。戦災で社殿とともに記録類は焼けたが、「摂津名所図会」に「坐摩陣者西成総社」とあり境内の芝居小屋などの記録がある。

Nekoneko 陶器市の関係者(大江秀雄会長)によると「神社会館の猫コレクションに、愛知県の瀬戸焼の猫祭りから話を聞いて、足をはこぶ参拝客もおられます。作家さんの、貴重な猫たちもみられる機会です」とのこと。陶器祭りのさらなる発展形の予感を感じさせる。

(ブランドコラボチーム 高橋英子)

■2009年スケジュール

7月21日宵宮祭         午後3時~8時                             7月22日坐摩神社夏季大祭  午前11時~午後8時
7月23日陶器神社 例祭     午前10時~午後7時
21・22日は、神楽奉納、おまつり太鼓の奉納
22.23日は、たそがれコンサート

■アクセス

坐摩神社(大阪市中央区久太郎町4丁目渡辺3)地下鉄本町駅15号出口から徒歩4分

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2009年8月 5日 (水)

難波神社氷室祭(7/21-22)

真夏に氷!暑い夏をしのぐには欠かせないアイテムです。しかし、今では手軽に手に入る氷も、昔は貴重品。冷蔵庫のない時代、氷は氷室で天然のものを保存するしかなく、夏場の氷は天皇家や将軍家などごく限られた特権者にしか手に入らない貴重品でした。そんな氷をまつるお祭りが、大阪市内に残っています。

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 大阪の目抜き通り、御堂筋に面した難波神社では、毎年7月21・22日の2日間、氷室祭りが行われます。神社のご祭神である仁徳天皇の御代、ある夏の日に、狩をしていた天皇の兄君が野原で氷室を見つけ、天皇に献上したところ大変喜ばれたという故事に由来するこの祭り、夕刻になると、その名のとおり大きな氷柱が奉納されます。暑~い夏の日に大きな氷の柱は、目にも肌にも涼しいもの。皆さん、狛犬よろしく社殿の両側にドッシリ鎮座する氷の柱に触れては涼を楽しんでおられました。

Nintoku Kori  Icejyuyojyuyo 

 夕方6時ごろになると、巫女さんから参拝者にカチワリ氷が配られます。これを食べると夏負けしないと言い伝えられており、氷などめずらしくない現代でも、みな行列を作って有難そうにいただく様は、祭りならではの光景。もちろん筆者もいただきました。

 さて、祭りといえば太鼓。夜になると、威勢のいい奉納太鼓が祭りを盛上げます。例年、1日目はアマチュアの競演、2日目はプロ集団「倭太鼓 飛龍」の出演ですが、今年は雨のため1日目が中止となり、2日目にまとめて両者のパフォーマンスが行われました。その賑わいは大変なもので、さほど広くない境内裏手の特設ステージ前は、身動きが取れないほどの人だかりです。特に飛龍がまったくの無料で見られるとは、難波神社も太っ腹!という声もあるほど。残念ながら筆者は、飛龍のステージは見ることができませんでしたが、前半のアマチュア出場者の多彩な演奏もなかなかのものでした。子どもから大人まで、老若男女を問わず多彩な出場者が日頃の練習の成果を存分に披露。全国コンテストの出場経験もある中学生の男の子のソロというのもありましたよ!

 お祭り自体はこじんまりしたもので、遠方から多くの人が詰めかけるといった大イベントではありませんが、それだけに地域に密着した祭りならではの、のどかな雰囲気が残ります。夕方になると、ゆかた姿の若いカップルや子ども連れの親御さん、町内会の世話役と思しき人々などが続々と集まってきて、めいめい夏の風情を楽しんでいる様子は、都会の真ん中にいつもと違う時空が流れるエアポケットが開けたよう。車の行き交う御堂筋のまん前ということを忘れてしまいそうでした。

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 ビジネスと商業の中心である御堂筋に面して建つ難波神社は、今から1500年以上も前、河内国丹比柴籬宮かわちのくにたじひのしばがきのみや(現 大阪府松原市)に仁徳天皇をしのんで建てられたのが起源と言われています。その後、大江の坂平野郷(現 大阪市天王寺区)への移転を経て、1538年、つまり大阪城築城の年に、今の場所に移されました。20世紀に入り、御堂筋開通に伴って神社も拡張され、戦前には壮麗な外観を誇ったようですが、1945年3月14日、第2次世界大戦の空襲により鳥居と玉垣を残して全焼、古文書など詳しい歴史を知る手がかりもすべて焼けてしまいました。しかし、戦後、氏子や崇敬者の浄財により再建され、今なお大阪の中心部にしっかりと根を下ろしています。

 Kachiwarijyuyo_2  幾多の時代の変遷にも関わらず脈々と受け継がれてきた神社の伝統と祭り。真夏の氷など庶民にとっては高嶺の花だった時代、そのように貴重で希少なものが信仰の対象となったことは想像に難くありません。真夏の氷に思いを寄せて、人々は無病息災を願ったことでしょう。暑さ厳しい大阪ならではの、涼やかな夏のお祭り。来年は、あなたも足を運んでみませんか。
(ブランドコラボチーム 小村みち)

■スケジュール  7月21日、22日
          16時頃~ 氷柱の奉納
          18時頃~ カチワリ氷の配布
          19時~  太鼓の競演

■アクセス  地下鉄御堂筋線「心斎橋駅」③出口または「本町駅」⑬出口から徒歩5分

■所在地   〒541-0059 大阪府大阪市中央区博労町4丁目1番3号
   Tel 06-6251-8000 Fax 06-6251-5110
   URL http://www.nanba-jinja.o

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2009年8月 4日 (火)

感田神社 太鼓台祭(7/18-19)

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 南海本線貝塚駅から徒歩5分ほどのところにある感田神社は昨年国登録文化財にも登録された由緒ある神社です。落雷や戦禍で建物の一部が焼失をしていますが、近代の神社施設の建築様式を伝えています。
ここの夏祭りは泉州地区でも最古の布団太鼓といわれ、2人の叩き手を乗せた7台の太鼓台が中北町・堀之町・南町・近木町・大北町・中町・西町の7地区から担ぎ出され、勇壮な姿を競います。

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この祭りの見所は重量約1.5トンもある太鼓台が7地区同時に15分間も担ぎっぱなしで、その力強さを競い合う「練りあい」です。
日に灼けた男達が顔を真っ赤にして激しく太鼓台を揺らし、担ぐ姿は感動に値します。
また、日が落ちると太鼓台いっぱいに提灯が飾られ、先に付けた縄を子どもが
曳きながら、担ぎ唄を歌い市内を練り歩きます。

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ベーラ ベーラ ベラショッショ
石山の秋の月、牡丹に唐獅子竹に虎、虎追うて走るは和藤内、
和藤内お方に知恵貸そか、知恵の中山清閑寺、清閑寺の和尚さん坊さんで、
ぼんさん蛸さんじゅうろべさん、
卵のふわふわ上りんけ、今日は精進あしたにしよ、
ショショマカ ショショマカ ショッショッショ
信濃屋のお半さん、石部のお宿で仮枕
ベーラ ベーラ ベラショッショ

Yorutaiko Taikodainight
泉州と言えばだんじりが全国的にも有名ですが、太鼓台の上にある大きな房が激しく揺れる場景と、肩が一回りも二回りも腫れ上がるほどもなる担ぎ手の力強さは必見の価値がある祭りです。

 

Nasubi 雑記
やはり泉州の祭りだと思ったところに、出店の一つに水茄子やキュウリをそのまま串に刺し売っているお店がありました。結構人気なようで、生ビールとの相性も良さそう。出店から地域が見えた一コマでした。

(ブランドコラボセンター 古谷晃一郎)

■開催日
 毎年7月18・19日
■開催場所 大阪府貝塚市中905
TEL:0724-22-1446

■交通アクセス
南海本線貝塚駅下車西口より難波方面へ徒歩5分

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露天(つゆのてん)神社 夏祭(7/17-18)

  露天神社で目を引くのは、ビルのトンネル(公開空地の参道)から臨む社殿です。
神社南側にある梅新第一生命ビルディングの公開空地が参道になっています。
2000年までは、南側に南北に走る市道を挟んで二つのビルが建っていたのを、建て替えを機に一つのビルにし、一階に公開空地を用し歩行者占用とし、あわせて露天神社の参道に再開発したそうです。ビルの竣工は2007年10月末です。

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(梅新交差点付近からの露天神社)(梅新歩道橋から参道と露天神社を望む)

例大祭(夏祭)2009年7月17・18日
本宮は、今年は7月18日(土)午前10時30分頃より境内で順次神事が行われました。
この祭礼は、夏越しの祓いの意味があるそうです。
12時30分より、宮出の前の奉納がはじまります。
最初は、役太鼓。赤い烏帽子の山車上の6人が息を合わせて太鼓を打ちます。

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宮出には、各々がお神酒を口に含み、山車にも一升瓶からそのままお神酒をかけると当たりには、日本酒の香りが。
掛け声とともに勇壮に宮出します。

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続いて獅子舞、10代後半から小学生ぐらいの氏子達がお囃子に合わせ、軽快に踊ります。
祭りの衣装も茶色の横縞の袴に、五色の帯と華やか。

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続いて、獅子舞。先に刀を持った獅子が東西南北に参ります。

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後ろのステージでは、奉納バリ舞踊などもあります。

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最後は、傘踊りが、女性や小学生を中心に笠をくるくる回しながら巡行に続きます。

これより露天神社周辺を一周し、大阪駅前ビル付近からヒルトンプラザ、サンケイビル、マルビル、アクティ大阪などを巡り、宮入予定は午後8時30分ごろです。この間、各町内などでの休憩と接待を受けながら、約8時間に渡る長時間の巡行です。
夏の暑い最中、元気をもらって、無事に夏を越せそうですね。

通称;「お初天神」縁の二人

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境内の一画には、通称お初天神と呼ばれる由縁の二人の銅像が。
元禄16年(1703年)お初・徳兵衛がこの天神の森で心中したことから、これを題材に近松門左衛門が『曽根崎心中』を書き、その後主人公お初の名に因み「お初天神」と親しみを込めて呼ばれるようになったそうです。
その後、有志の寄付によって石碑とブロンズ像がそれぞれ建立されたそうです。
今では、恋愛成就を願う人のお参りも絶えません。

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恋愛成就のお守りや参拝記念のグッズも販売。

参拝された芸能人の署名も。

(ブランドコラボセンター 井上美砂子)

■開催日

 毎年7月第3金・土曜日

■アクセス
大阪府大阪市北区曽根崎2丁目5番4号

・ 大阪市営地下鉄谷町線東梅田駅より徒歩5分
・ 大阪市営地下鉄御堂筋線・阪神電鉄梅田駅・JR東西線北新地駅より徒歩8分
・ 大阪市営地下鉄四ツ橋線西梅田駅・JR大阪駅・阪急梅田駅より徒歩10分

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2009年8月 3日 (月)

高津宮 夏祭(7/17-18)

Photo_92009年7月18日(土)午後3時過ぎの高津宮(こうづぐう)

にぎやかな歓声とともに夏祭りの「黒門みこし」が宮入のため表参道を元気よく駆け上ってきました。
このみこしは、大阪の台所、黒門市場の人々により商売繁盛を願って奉納されるもの。交通事情などの悪化によって一時中断されていたそうですが、地元の人々の熱意で見事に夏祭りの名物として復活を遂げています。

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悪霊を払い、疫病や災害を除去するのが大阪の夏祭り。高津宮では古伝に基づき氷室が神様に供えられます。蒸し暑い境内では、暑気払いのかちわり氷が無料でふるまわれ、邪気を祓う獅子頭のついた笹(こちらは有料)も授与されていました。
境内の売店に目を向けてみると・・・お祭り見物で渇いたのどにはシュワ~ッとさわやか「神社エール」。「氏子ロール」「氏子衆クリーム」など、さすが大阪、駄洒落がきいた遊び心満載のオリジナルスイーツもなかなか魅力的です。

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やがて日が落ち提灯に火が灯りました。
コンコンチキチン・コン・チキチン・・・境内の絵馬殿から聞こえてくるのは、鐘と太鼓のにぎやかな「だんじり囃子」。
そのリズムにあわせて「龍おどり」がはじまると、祭りは最高潮を迎えます。全身を龍のようにくねらせたかと思えば、ピタリと動きが止まる、独特のポーズと踊り手の表情がとても印象的。
境内の特設舞台では、ベリーダンスから空手まで、さまざまな演芸・演武が奉納され、神社周辺の夜店はご近所の家族連れや若者たちで大賑わい、まさに地域に根ざした夏祭りでした。

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Kozu26 神代の昔から陸地だった上町台地には、多くの神社仏閣が集まっています。これは、豊臣秀吉が天下統一の拠点として大坂城を築いた際に、城下町とともに寺町が整備されたことによると言われています。
仁徳天皇を主神と仰ぐ高津宮は、この上町台地の一段高い丘の上にあるため、参拝には表参道、北坂、西坂、相合坂の急な階段を上らなければなりません。昔は大阪の街や港が見渡せたので人気の観光スポットだったそうですが、今では立ち並ぶ高層マンションの中ひっそり残る緑のオアシスといった風情です。

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坂にまつわるお話を見つけました。
まずは相合坂
同時にのぼり始めて、頂点で出会うと相性が良いとされています。
今回は一人で来ましたので、実験は次の機会ということで。

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続いて西坂。
昔は「縁切り坂」と呼ばれていたこともあり、悪縁を絶つ坂として密かに知られているそうです。

・・・必要な事態が生じた場合にはお試しください。

古伝に倣い、夏祭りで邪気を祓い、かちわり氷で暑気を払い、「縁切り坂」で悪縁を絶てば、これから始まる大阪の長くて暑い夏も恐いもの無し!と言えそうです。

<高津宮夏祭りデータ>
・日時
 2009年7月17日(金)宵宮祭 午後3時~
        18日(土)本宮祭 午前10時~
・交通アクセス
 地下鉄谷町線「谷町九丁目」駅下車 2番出口から徒歩5分
 近鉄「上本町」駅下車 徒歩10分

ブランド・コラボチーム 加藤(由)

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ド迫力の宮入!御霊神社 夏例大祭(7/16-17)

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淀屋橋に佇む、御霊神社。 ビジネス街ど真ん中にこのような神社があるなんて!
もともと船場、愛日、中之島、土佐堀、江戸堀、京町堀、靭、阿波堀、阿波座、薩摩堀及び立売堀、長堀の西部、南北堀江の西部等の地域の産土神として信仰の中心となっていたそうです。

今回、うつぼ、江戸堀、西船場の氏子さんたちの宮入をみていてあるものを発見しました。それがコレ!

ビルの前に、鳥居。 

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「鳥居ですが、それが何か?」

的に普通に、あくまで普通に存在しているのです。まるで玄関か、アーチか、はたまたオブジェなのかと思わせるぐらい普通に。 (※神社の南側。panduceというパン屋さん側にあります)

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  聞いてみると、昔の参道にあたる場所なんだだそう。御霊神社は空襲で本殿を消失。昭和32年に再築しした際、敷地が小さくなったとか。その際に(前の神社敷地だった場所に)ビル建設予定のオーナーさんが「折角鳥居があるんだから、残さないと」と鳥居をそのまま保存したんだそうです。今でも氏地巡行の際、太鼓講は必ずここに立ち寄ります。

エネルギー炸裂!太鼓衆

ここの夏祭りの特筆すべきはやはり、枕太鼓!
激しいのですが、その激しいというのがちょっと普通のところとちがうんです・・・。

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靭地区や、江戸堀、西船場の太鼓講がそれぞれ夕方宮入。
そしてちょっとうすぐらくなってきた19時30分ごろ。まず氏地巡行してきた御神輿がかつがれて勢いよくはいってきます。その後にくるのが、みんなのお楽しみの枕太鼓!鳥居から社殿にむかう参道の両脇には、その登場を今か今かと待ち受ける人が列をなしてまっています。

お神輿が宮入し、さあ、次は枕太鼓の宮入です。

と、その瞬間・・・・!!

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枕太鼓が疾走!

勢いよく神殿に向かって「ウワーーーーーッ!」!!!
と駆け抜けたかとおもうと。。。

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「ウワーーーーー」!!
っと、戻ってきた! 超爆走、!

さらに!
急ブレーキでとまったかと思うと
「ウワーーーーー!」とまた駆け抜ける!
そしてまたもどってくる!

いったりきたり、いったりきたり!

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これぞ枕太鼓暴走族(?)男衆のすごいエネルギーが炸裂する光景はド迫力です!

Smakura4_2 ※写真中央の方が舵取り

ちなみに枕太鼓のブレーキ役にと力自慢の若者たちが太鼓の前後控えていて
舵取りポジションには熟練技をもったおじ様がバランスを“足”で器用に
とりながらすすんでいきます。左右にゆらり、ゆらりと・・その小刻みなステップはまるで踊っているかのようです。

参道にいたおばさま方も迫力に見とれながらも
「いやあああ、怪我するわあ、もうかわいそうやからやめたって~」
と黄色い声を出すぐらい、ハラハラドキドキ迫力満点。

10日間、氏子である太鼓講の方々が練習されるというこの行事。ちなみになぜこのようなカタチになったのか、その由来は宮司さんもわからないそうですが宮入、宮出の前のにぎやかし、祭りの盛り上げとして昔から引き継がれているんだそうです。

ちなみに参道で観覧していたマダムたちが一言。
「今年はとりわけ、賑やかやわあ。不況やからやろか」

Sgaikankodomo1_2 そういえば、前出の祭専門家・島崎氏も「昔は景気がいいほど祭りが賑やかになったものだが、最近では景気が悪くなるほど、祭りが盛んになる傾向がある」と話していたのを思い出しました。疫病退散を目的とした夏祭りは、現代では“不景気気運”退散の役目を果たしている気がするのは・・気のせいでしょうか。ビジネスセンターとしての中心地でこのようなお祭りが引き継がれ、ハッピ姿の地域の子供と「こんなお祭りがあったんだ!」とうれしそうにりんご飴を食べているスーツ姿のビジネスマンが混在している光景をみながらなんだかうれしくなりました。

(ブランドコラボセンター 松岡京子)

■2009年度スケジュール

12:30  うつぼ太鼓 出発
16:30~18:30   江戸堀、西船場が宮入

■交通アクセス
大阪市中央区淡路町4-4-3  

地下鉄御堂筋 淀屋橋駅
13番出口より 徒歩5分

地下鉄四ツ橋線 肥後橋駅
6番出口より 徒歩6分

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アメ村流夏祭 御津八幡宮 夏祭(7/14-15)

アメ村ど真ん中の夏祭り 

若者でにぎわうアメリカ村のど真ん中。御堂筋から1筋西側、ビックステップの1ブロック南、で、若者の色鮮やかなアパレルショップや飲食店等、周りの華やかさで見落としてしまいそうなくらい、ひっそりとたたずんでいる。土地柄、どんどんと住人が少なくなり夏祭りもさみしいものになっていたという御津八幡宮。
ここで最近若者たちによってお祭りが再び、盛り上がってきたという。

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神輿の担ぎ手はほぼ女性

氏地巡行を見に行って驚いた。神輿を担いでいるのは若い女性が中心。 ヨイヤサ、ヨイヤサ、と氏地巡行の際にお店の前で神輿を2回ほど、高らかに持ち上げる。百貨店の店員さんや大阪自由学園の生徒さん等、担ぎ手は心斎橋界隈で働く人、学ぶ人。約3時間の炎天下の中元気に氏地巡行する姿がまぶしい。 本当に楽しそうに担ぐ女性達の先頭にたって交通整理にあたる若者がいた。車をとめては深々と腰を90度にまげて礼をする。1台、1台、丁寧に。気持ちがよかった。それが御津八幡宮の夏祭復活をよびかけた堀越大二郎さんだった。

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Horikoshi 祭が賑やかだと、街も元気になる

元々、この町の氏子だった堀越さん。心斎橋で天ぷらやさんを営むとともにアフリカンドラムの演奏家として精力的に活動をしているミュージシャンでもある。そんな彼が夏祭りにかかわりはじめたのは4年前。 「祭りが廃れていくのが、街が廃れていくのと比例してくように見えた」 という。
心斎橋、アメ村周辺は人も店も多いのに、なぜかさみしい雰囲気があったこと、そして神社があることすら知らない人が多かったことがずっと心にひっかかっていたという。「はじめは誰かやってくれたらいいな、と思って待ってたけど、誰もやらなかった。だから仕方ないなと」と笑う。

屋台も、奉納音楽もアメ村流

昔はずらりと軒を並べていた屋台もここ数年はまったくなくなっていた。それじゃさみしいと、アメ村周辺のお店が協力して屋台を出店。焼き鳥をはじめ、ケイジャンチキンやタコスといった多国籍な屋台がずらり。境内には特設のステージがつくられ、音楽奉納。今年はアフリカのジェンベやマリンバ、インドのシタール、そして浪曲の春野恵子さんも登場して盛り上がった。

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Stage Mitsumeru

近所で働いているという60代女性曰く
「3年前からきている。 毎年毎年、賑やかになってきて楽しい!」

呼びかけ人の堀越さんはいう。
「夏祭を始めてから、街であいさつできるひとが増えた。それが嬉しい」
活気を取り戻した御津宮の夏祭りが今後も楽しみだ。

(ブランドコラボチーム  松岡京子)

■2009年度スケジュール        Gal

14日神輿渡御 14:30~17:00 

   飲食屋台16:00~21:00

   民族音楽の夕べ 19:00~

15日飲食屋台16:00~21:00

   地元青年部による夜店(ゲーム)18:00~21:30
  

■アクセス
 中央区西心斎橋2-10-7 (地下鉄心斎橋駅南に300m)

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